Diamond Diary 89

今日は、講師サミットに行ってきました。
名のとおり、講師を生業としている、もしくは講師にまつわる仕事をしている
300人が一同に集まってにぎやかなイベント。
基調講演は、元吉本興業のマネージャー、現在カリスマ講師の大谷由里子氏。
笑いと情に満ちたパワフルな講演にすっかりひきつけられました。
続くパネルディスカッションでは、著名な講師の方々の体験談を聴くことができました。
中でも印象深かったのが朝倉千恵子さんのお話。
かつて小学校教諭だったときの逸話を聞かせてくださった。
朝倉さんは『絶対におちこぼれを出さない』というポリシーのもと教鞭をとっていらした。
理解するのに早い遅いはあるけれどみんな絶対にできる、と信じ、
何度でも自力で100点がとれるまで、やらせた。
ようやく10回目に100点を取れた子どもが家に帰ってお母さんに見せたら
お母さんが「何回目でとれたの?」とたずねた。
子どもは正直に「10回目」と答えた。
すると母親は「何だ、10回目か・・」。
翌日、その話をきいた朝倉さんは、正直に10回目と言った子どもをほめ
家に電話して、お母さんを叱ったそうだ。
その話は泣けた。
子どもの気持ちを思うとせつなくなる。
でも、私は、そのお母さんを思って泣けた。
お母さんの気持ちを分かろうとしてくれる人は少ない。
子どもに関心があるからこその「なんだ10回目か。」を、
マイナス面でしか捕らえてもらえない。
ご飯作っても洗濯しても、綺麗にアイロンかけても当たり前。
お母さん自身が、認められたり、受け止めてもらっている家は少ないと思う。
以前の私は「10回目?1回目でとってよ」と言ってしまう母親だったから
痛いほど、そのお母さんの気持ちがわかる。
子どもを産んだら、みんな理想的なお母さんになる、わけではない。
学びの機会や、悩みを共有できる機会があれば・・・
日々の大変さを、少しでも受け止めてもらえる場があったら・・・
子どもの可能性を信じることもできるだろうし
できていないことを攻めるよりも、できることをほめることもできるだろう。
子どもの夢を健全にはぐくめる社会になるためには
やはり、子どもたちが、夢を持てる環境にすることと
お母さん、お父さんが、コミュニケーションが取れるようになることが必要。
私はお母さんを元気にしたい。
あなたは一所懸命やってるよね、と認める場を作りたい。
温かい場を作りたいのです。
昨日から風邪が悪化して、ちょっと朦朧としています。
でも、今夜これを書きたかった。
また明日から、そもそも何がやりたいのか、の原点に戻るために。
講師サミットを企画してくださった皆さんに感謝です。
共に参加してくれた仲間たちに、感謝です。
ありがとうございました♪

春よ、こい♪


コメント一覧
ああ、それはなかった視点だったよ。
かつて自分が母親から「なんだ10回目か」と同じ意味の言葉をもらった時、判決が下された絶望を感じた。そこからすべて始まった。
そうずっと思ってた。そして、母もまた「なんだ10回目か」で育てられ、身体ごと、条件なしで愛する方法を知らずにきたぶきっちょマザーだった。
恨みを続けるのでなく、鎖を切るお役目。それが自分の役割だと思う。母親を、身体ごと、条件なしで愛せる娘になる訓練の日々なのかも。
私が尊敬するのは、この世の母というすべての人たち。
投稿者: めぐっち | 2008年01月28日 01:46
あぁ、そうだね。
その話は、とっても泣けるね。
人によって泣ける理由が違うんだろうね。
自分が聴いて涙が止まらなかったのは、かわいそうで仕方がなかったから。満点取るまで頑張った子供が嬉しさをわかってもらえないのがかわいそう。その子供の嬉しさをわかってやれない母親がかわいそう。その母親の余裕のなさをわかってやれない朝倉先生がかわいそう。皆かわいそうで、涙が止まらないよ。
そんなふうにかわいそうと思って泣いてる自分もかわいそうだったりして。
涙を超えて、元気になろう。
元気がいちばん。
♪♪
投稿者: Yoichi Tamura | 2008年01月28日 11:18
私も泣けた。
私はもう一度、子供を生みたいなぁって思って♪
そして、娘の言葉を思い出したの。
知り合いの小さな女の子が駄々をこねてた。
娘は、彼女がお母さんに愛されてないって思ってるように感じたらしい。
「私は、一度だって、ママに愛されてないって思ったことは無かったのよ。かわいそうだなって思った」
嬉しかった♪
娘よ!素敵な母におなりなさい!
母は婆として協力するよって・・・
投稿者: ラブリー | 2008年01月28日 14:24
めぐっち♪
どうもありがとう。
連鎖を切る役割・・・。
そうね、気付けた私たちは、もがきながらも そこからどう生きるかを選択できる所にいるからね。
強い縁で親子になっていると思うと
なんだか、そのつながりそのものが
大切で愛おしく感じるようになったの。
父のこと、母のこと。
高校生だった頃の、親の年を追い越した今は
やっぱり、親も大変だったんだろうな、頑張っていたんだな、と思う。
めぐりめぐって・・・ここからは
優しい連鎖になっていくね。
投稿者: AYA | 2008年01月28日 21:28
Yoichiさま
ありがとう。
そうそう! 元気が一番!
みんなかわいそうで
みんな・・幸せかもしれないね。
家族がいればこそ。
♪
投稿者: AYA | 2008年01月28日 21:31
ラブリーさん♪
ラブリーさんは愛情いっぱいの
優しくて賢いお母さんに違いない!
良妻賢母 ってぴったりです。
お嬢様との思い出がキラキラですね!
私も、もう一度出産したい(笑)
可能なら何度でも、産みたい!
でも、こればかりは、不可能だな〜。。
たくさんの子どもと関わって余生を送ろうと思います♪
投稿者: AYA | 2008年01月28日 21:34
私はお母さんのことを思い出しました!
私の妹は少し体も知能も少し発達が遅れてました。そのため、妹が結婚して子供が出来たと聞いても少しも喜びませんでした。絶対無理だと思ったんだそです。
今妹は子育てしながら、障害者の福祉施設で市の職員として働いてます。
妹の影響で、母もボランティアで、障害者の人たちと旅行に行ったりしてます。自分の子供はどんな境遇におかれても幸せを探せるって信じてるそうです。お母さん尊敬。
投稿者: yoko | 2008年01月28日 22:10
yokoさん!
私の娘もyokoです^^
幸せになってくださいね♪
祈っています。
投稿者: ラブリー | 2008年01月28日 23:47
「何だ、10回目か・・」
普段から、母親が、そのお子さんに対してどんな関わりを
しているのかにもよりますよね。
頭ごなしに母親をしかったら、逆に自信を失わないのかな?
投稿者: まつも | 2008年01月29日 22:28
その母親が
「何だ10回目か。」
と言ってくれたから
全ての学びが始まったんだろうな。
お子さんも、
母親も。
朝倉さんも…。
そして我々も。
お母さんに感謝。
投稿者: ロバ | 2008年01月31日 14:46
ラブリーさんありがとうございます!
幸せだと思います。
私の母親も「なんだ10回目かぁ!」って笑い飛ばす方だと思います。逆に言葉でほめられるほうが気持ち悪い。
子供にそれが伝わるような楽しいお母さんであれば、問題ないと思います。
たまたま我が家はそんな感じでしたが、親子のコミュニケーションは何通りもありますから、一概には言えないですよね。
投稿者: yoko | 2008年02月06日 21:50
おかあさんに「10回か」って言われたって泣き顔で朝倉先生に子供が話して、朝倉先生が電話して母親を叱って、という話がなんともかわいそうで泣ける。
朝倉先生にはそのときの母親の気持ちがわからない。母親にはそのときの子供の気持ちがわからない。わかってたら別の言い方がある。わかってて残酷な言い方はしない。
もちろん子供には母親の気持ちはわからない。
気持ちがわからないってことが泣けるんだな。
わかるってことは有限だけど、わからないってことは無限だからな。
♪
投稿者: Yoichi Tamura | 2008年02月07日 10:31
yokoさん
お母さんってすごいですよね。
長く生きてることもそれだけですごいけど
きっといろんな悩みや葛藤を乗り越えて
我慢もたくさんして育ててくれたんだな〜って思う。
自分の生きがい、とか
本当にしたいこと、なんてことと向き合うこともなかったと思う。
私も、20年後の自分 っていうワークをしたとき、母のことを真っ先に思って号泣だった。
お母さんという存在は大きい。
yokoさんも、妹さんも
そんな素敵なお母さんの娘さんなんんですね。
幸せだと思います、というyokoさんの言葉に、とても温かいものを感じました。
ありがとうございます。
投稿者: AYA | 2008年02月11日 22:07
ロバ殿
そうですね〜
そのお母さんのおかげで。。
ただ在るだけで
人は十分に与えているものなんですね。
無駄な命、なければいい存在など
ない、ということ。
ありがたいです。
投稿者: AYA | 2008年02月11日 22:11
まつも♪
サンキュ!
そうね、頭ごなしに先生から
なんてこといったんですか?
って言われたら、自信喪失、もしくは先生への信頼喪失でしょうね〜。
朝倉先生の気持ちも分かりますが
一度受け止める、ということを
親に対してもしてほしいな〜と思います。
投稿者: AYA | 2008年02月11日 22:13
Yoichiさん
わからないこと。
伝わらないこと。
時間がたって分かり合えたり
なくしてから気付いたり。
永遠にわからない、というのが
寂しいですね。
つながってさえいれば
いつか、ああ、そういうことだったのか、って思う日がきっと来る。
でも、時には二度とつながらない人もいる。
それはそれで、仕方ないけれど
なんだかもったいなくて
切ない感じがします。
投稿者: AYA | 2008年02月11日 22:17