Chocolate Avenue
プロフィール
プロフィール
主催:小巻亜矢
東京都生まれ

大学(法学部)卒業後、上場企業に就職。結婚、退社、出産を経験する。
その後、美容の世界への興味から、美容専門学校にて皮膚理論、エステティック、カウンセリング、アロマテラピーを学ぶ。若い女性を支援するネットワークを構築するなど、幅広い活動の中で、コーチングに興味を持ち、現在は子どもの夢を応援するハロードリームプロジェクトをはじめ、親子・子ども・女性対象のセミナーを中心に活動中。
米国CCC,Inc.認定GCDF-Japan キャリアカウンセラー ・米国CTI認定コアクティブコーチングコーチ

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2007年12月27日

Diamond Diary 85

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2007.12.27   子丑トラウマ♪  

スリーインワンという手法のストレス解消セッションを受けました。
自分にはストレスなどない、と思っていても
何かしら 気になる事はあるもの・・・。
http://www.3in1concepts.ne.jp/about/index.html

好奇心.jpg

テーマといっても、特に思い当たらなかったのですが
とりあえず、気になること、をたずねられて・・・
1:子どものこと
2:家族の縁のこと(家族との別れが多いので)
3:男の人との関わり方(どうも、私は常にどこかさめている)
4:仕事のこと(新たな仕事を築く上での人との関わり)

この4つをあげました。

セッションは言葉でのやりとりも少しありますが
基本はカラダ(筋肉の反応や姿勢)に聴いていきます。

不思議な感覚ですが、穏やかで、ゆったりとしていて
それでいて、インストラクターの関わり方はゆるぎない感じでした。
うまく言えませんが、信頼できる感じ、とでもいいましょうか。。

カラダの答えは【3のテーマを取り上げる】でした。

テーマに行く前に、十分にカラダとの対話をして
本当にそのテーマを扱っていいかどうか、も、カラダが決めます。

・・・こんなふうに書くと何か怪しい感じがしますが
実際はとてもシンプル。

興味のある方は、是非受けることをお勧めします。

さてさて・・・詳細は明かせませんが・・・
私の信じ込んでいること【トラウマ】はこんなことでした・・・。

いちご.jpg

13歳の私が(無意識に強く)決意したこと
『男の人には頼らないで生きていく』
その決意のきっかけとなった出来事⇒思い当たる

18歳の私が(無意識に強く)決意したこと
『人を頼らず、自分で生きる力をつける』
その決意のきっかけとなった出来事⇒思い当たる

その決意がもたらしていること:
男の人に対していつもどこか冷めた自分がいる。
男の人に負けまいとしている。
恋愛がうまくいかない。
頼れないから、自分がしっかりしようとする。
一人のほうが気が楽だと思ってしまう。
そういう自分を何か問題があると責めてしまう。
頼れないから 相手を頼りないと思ってしまい、
そう思う自分を責めてしまう。
何でも自分でしようとして、かわいくないと自分を責め
完全にできないと、また自分を責める。
もっと甘えなければ、と思うがうまく甘えられない自分を
受け入れられない。

自立していない状態の結婚は耐え難い。
常に孤独感が満ち、またそれを選ぶ。

公園のベンチ.jpg

人によって、出てきたトラウマの対処方法は違うようですが
私(カラダ)は、13歳の私との対話を望む答えを持っていたようです。

48歳の私が、イメージの中で13歳の私と対話。

当時の部屋の机の前で、深刻にうつむいている私に
斜め後ろから語りかけました。

言葉はなかなか出てきませんでした。
ただ抱きしめてあげたいと思いました。
それでも、肩を抱きしめて、大丈夫よ、とやっと言えました。

「あなたはたくさんの人に愛されるし
 たくさんの人を愛するし
 恋もできるし、家族も作れる。
 孤独だと思っているのもいいけれど
 そうじゃない、って気がつくときが必ず来る。
 でも、今は決意したままに強く生きるのもいい。
 本当に素敵な人生が待っているから大丈夫。
 安心して、大丈夫。」

そこまで語りかけて、ぎゅっと手を握って
深呼吸して離れました。

13歳の秋にそんな決意をひそかに固めていた自分。

18歳でさらにその決意を強くした自分。


無意識だから、自分でもわからなかったのです。


そのトラウマを理解した上での新たな決意は
 『しっかり自立して生きる。』
依存しない生き方を自主的に選びます。

そのことをサポートする独り言は
 『私はできる。』
今までの無意識の独り言は「私が悪いんだ」でした。

具体的に今から行動することは
 『経営者になる。』
完璧な自分でなくても、積極的に助けを借り、孤独ではなく
同じミッションのもとに組織を作ります。


来年に向けて、新たに決意できたことは大きかった。
仕事にも、とても大きなはずみがつきました!

そして男性との関わりは・・・
自立した大人同志の尊敬し合える関係を目指します!



このように、知らず知らずにセットされている信じ込みや決意。
このことを自覚することで、新たに人生を選択できます。

なんとなくいつもパターンに流されていることがあったら
何かのトラウマがあるのかも知れません。

トラウマはいいも悪いもなく、誰にでもある経験の足跡ですね。

  トラウマというとネガティブなイメージがありますが、実は 自分を守り、生きるためにした精一杯の決断なのです。そして決断したときには理にかなったものだったものが、今現在の自分にはいらなくなった決断、それトラウマなのです。そして多くの人は幼いころに決断したトラウマだと気がつかずに性格だと思い込んでいるのです。トラウマから自分を解放するには、まずそれは自分が決断したことだと気づき、性格ではなく決断したときの自分がやっていることなんだと知ることです。そしてその決断は今現在の自分にはいらないものだと再決断したり、適切な方法で自分と対話して決断を変えることができます。

(池田登著 「私と出会う散歩道」より)


人生はいつからでも何度でも輝ける♪
そしてなりたい自分になる♪
みんな大丈夫♪


もういくつ寝ると、お正月・・・あと5日ですね!


わくわくな2008年の足音が聞こえてきます。。。

ねずみのかくれんぼ.jpg
  (ねずちゃんはどこにゃ〜?)


2007年12月24日

恋愛Concierge 26

   Happy Merry Christmas !!

イルミネーション.jpg

クリスマスなので 恋のお話。
今年はなぜか、せつない恋の話ばかり。

   もしも雪に変わったら   

ヒマラヤ杉に積もった雪が時折さっと落ちてきて、
あなたのコートの肩にかかる。
私は、その雪が溶けていくのを見て、せつなくて涙があふれた。
あなたの肩に溶けてゆくひとひらの雪になりたい。

そんなに好きでも、それでも何も言えなかった。

あなたの香りが残るいとおしい枕に顔をうずめ
ゆうべの言葉を抱きしめて泣く。
「結婚してやれない男に君を愛する資格はないよ。」
そう言って、命がけで愛した人は
私のからだに触れもせず、ただ寄り添い、ゲーテの詩を読み
夜があける前に帰っていった。

昔々のクリスマスの思い出。

月日は流れても、消えることのない愛。
結ばれえぬ恋だったからこそ、永遠の鍵を残したまま、
ここに、この胸にずっと宿っている。

メリークリスマス。

どこかの空の下で、あなたはどうしているのだろう。

この雨がもしも雪に変わったら
今年こそ、あなたにもう一度逢える気がして
雪になってと祈りながら
曇った窓に、会いたい と書いてみた。


ヒイラギ.jpg

  もしも雪なら    【 by DREAMS COME TRUE 】

 今まで大人のつもりでいた
 この恋をするまでは
 どうにもならないこんな気持ち
 わたしのどこに隠れてたんだろう

   会いたい人には会えない

 何気ないわたしのひとことに笑ってくれた時に
 もう好きだった だめだった
 ”ズキン”って音が聞こえた気がした

  会いたい人に会いたいと言えないクリスマス

 大人のほうが恋はせつない
 はじめからかなわないことのほうが多い
 誰にも言えない 友達にだって
 この想いは言えない

  クリスマスが急にきらいになる

 あなたはすでに誰かのもので
 ふざけるか他愛のない電話以外は
 思い出も増えていかない 増えるはずもない

  会いたい人には絶対会えないクリスマス

 大人の方が恋はせつない
 はじめからかなわないことの方が多い
 誰にも言えない 友達にだって この想いは言えない

  クリスマスが急にきらいになる

 キラクラ輝く街 みんな奇跡願う聖夜

 大人の方が恋はずっとせつない
 はじめからかなわないことの方が多い 誰にも言えない
 好きな気持ちは何も変わりないのに

  クリスマスがきらいになるほど

 結局雨はみぞれまじり 苦笑いするしかなく
 もしも雪なら 雪になったら
 あきらめないってひそかに賭けてた
 この想いはもうこのまま溶けて消えてくだけ


雪の夜.jpg
 ・・・setunai・・・


2007年12月16日

Diamond Diary 84

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2007.12.16   『夢』が手元にやってきた!  

夢.jpg
昨日は『ドリームプラン・プレゼンテーション 2007』に参加しました。

感動と共感のビジネスプラン発表会。

全国から9組の方がご自分の夢、ビジネスプランの発表をしました。

主催は株式会社アントレプレナーセンターの福島正伸氏です。
http://www.entre.co.jp/dreamplan/index.html

参加のご案内に、感動の涙を拭くタオルをお持ちください、とありました。 予想はしていたものの、タオルは大げさでしょう(笑)と思いつつ参加。

ところが・・・
一組目にして、客席500名【満席】のあちこちで涙を拭く姿がありました。
もちろん、私も。

プレゼンテーションの内容、音楽などの演出もさることながら
夢を語るプレゼンテーターの熱い思いが、ずしんと響いてくるのです。

ありのままの飾らない言葉で、まっすぐに語りかけるみなさん。

一生懸命な姿は、とても美しく感動的で、人を動かす力に満ちていました。
応援したい気持ち、心から共感が湧き上がる感覚で一杯になりました。

入場の歳、プログラムと共に、タオル(涙をふく)と手書きのメッセージが
綺麗にラッピングされているものを渡されました。

そのメッセージは福島さんが500枚手書きで全て違う言葉を書かれたそうです。

メッセージ.jpg
私が頂いたメッセージは
   『今より若いときはない』!!!

わ〜私にぴったりなメッセージがあたった!ととても嬉しくなりました。

いつだって今が一番新しい自分。
いつも今が一番若い。
何をするのにも、もう遅いなんてことはない!
・・・このごろ実感していることだったからです。


そして、8組目の発表のあと、次のプレゼンテーションまでの準備の間に
ちょっとしたサプライズがありました。


「500枚書いたメッセージの裏に、5枚だけ『夢』と書きました。
そのメッセージがあたった方には夢の文字のピンを差し上げます!」


え〜そうなの?
あたりそうな予感・・・と思って、メッセージを袋から取り出し、裏返したら
『夢』と大きく書いてありました♪


思わず、うれしい〜!!と叫んじゃいました。
両隣の紳士(もちろん初対面の方々)にもそのカードを披露して、
会場の前に進み、福島さんから『夢』のピンをいただきました。

夢ピン.jpg
 
これは、どう考えても夢のバトンを受け取った!


じわじわ、歓びと、今の流れが本物なんだ、という重みを感じ
身が引き締まる思いすら湧いてきました。

この夏、新たな夢と出会ってから、幾度も壁にぶつかっています。
壁の高さ、大きさに足がすくんだことも何度もあります。
今でも毎日のように、力不足な所をたくさん感じて、不安になります。


時には、立ち向かう先からの強風を思いっきり受け止め
つま先に目一杯力を入れないと立っていられない時もあります。


でも、自分ひとりで立っているんじゃない。
たくさんの人の思いが一緒になって、私の周りで同じ方向を見て
みんなで一緒に風を受けている。


目を閉じて、その幸せな感覚を進んで味わうようにしています。
そうすると、乗り越えられない課題など何もないような気になります。


『失敗なんかない。成長するだけじゃないか。』

これも、福島さんから毎日届くメルマガにあった大好きな言葉です。


ドリームプラン・プレゼンテーションを拝見して
夢は人を巻き込み、感動が人を勇気づけ、架け橋になる、と思いました。


そして、どの人の夢も、誰かを笑顔にしたい、につながるものでした。


2007年も、もうすぐ終わります。


今年の年明けは病院でした。
その後も再び入院。でも、ちっともめげずに何もなかったように、
春から夏にかけて大きな挑戦をさせてもらい、夏に夢と出会いました。


私の手元に来てくれた『夢』のピン。


今、おかれている至福な状況を忘れないためのアンカーとして
感謝していただき、大切にしたいと思います。

【夢の十か条】

第一条
夢は、自分がどのような状況にあっても、自由に描くことができる。

第二条
すごいことだけが夢ではない。身近な些細なことでも、素晴らしい夢がたくさんある。

第三条
夢を描く時は、できるかできないかを考えないこと。

第四条
夢は雰囲気を感じるほどまで明確にすること。

第五条
まわりの人や社会に役立つ夢を持つ。

第六条
夢は同時にいくつでも見ることができる。

第七条
常に、今目指している夢を、一つ以上持っていること。

第八条
その夢を考えるとワクワクすること。

第九条
夢とはどんな困難を乗り越えても達成したいものであること。

第十条
行動してこそ夢。行動の伴わない夢は幻である。


                福島正伸

2007年12月10日

Diamond Diary 83

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2007.12.10    御茶ノ水 グラフィティ  

御茶ノ水.jpg

険しい石段の男坂
少し離れて、なだらかな女坂

周囲のたたずまいはすっかり変わっても
坂そのものは、昔のままの表情をしている。

御茶ノ水。

この街を歩くとえもいわれぬ感覚が胸にこみ上げる。

男坂を上がって斜めの道に進むと、駿台予備校3号館の前にでる。
高三から2年間通った場所だ。

校舎が見えたとたんに次々と想い出がよみがえる。

先日急逝したKちゃんとのあれこれも。
彼女のセーラー服姿も、白い靴下もとてもはっきり思い描ける。

女子校の私達をとり囲むかわいい男子校の面々。
今でも結構名前を覚えている。
渡辺君、高橋君、中村君、荒井君、森君、三苫君・・・
みんな立派になられたことだろう。

一度 授業中に具合が悪くなって母と姉が迎えにきたことがあった。 姉が美しかったので担当職員の金子さんはすっかり舞い上がってしまった・・。 親切でお兄さんみたいな金子さん、どうしていらっっしゃるだろう。 あの数ヶ月後に姉が白血病であっけなく他界したことを、ご存知のはずもなく。


そして初恋。

初めて目が会った帰り道、初めて声をかけられた教室。


男子達がケンカになりそうになった非常階段の踊り場。
数人に囲まれていた彼を見て、何か言ったのかどうか
やめて、といえたのかどうか、覚えていないけれど
そのあと、彼も私も授業に出る気がしなくて、二人で抜け出した。

どきどきしていた。
ただ黙って 歩いて歩いて 水道橋まで歩いて
後楽園のジェットコースターが見える公園に行った。


もう30年も前のことなのに、何度も観た映画みたいに
映像が浮かんでくる。

空気の重たさ、街の臭い。
後楽園の明かりの色。

バス停.jpg

御茶ノ水の駅前。
今もバス停がある。

私はそこからバスで赤坂へ。
彼はJRで、別の方向へ。

いつでも、何台もバスを見送り、いつまでも話していた。
今思えば、受験生が、何をしていたんだか。

喫茶店

あのころは 喫茶店がたくさんあったな。


LEMON。
画材屋さんの中にコーヒーショップがあった。
画材とおしゃれなステーショナリーも魅力的で大好きなお店だった。
駅の近くの狭いお店、駿台の近くには中庭のある大きなお店があった。
今は、駅近くの狭いお店が残っていた。


露路(ろじ)
当時流行真っ只中のインベーダーゲームができるテーブルがあったお店。
彼は夢中になり、私は横でしらけていた。
時々 ゲームに嫉妬して、一人先に帰っちゃったことも。
もちろん、今はもうそのお店はない。


地下に降りていくGORO.
(私達はゴロチカと呼んでいた)
紅茶のおいしいASSAM(アッサム)、
木製の大きなテーブルがあったDINDON(ディンドン)・・・・


みんなも覚えているだろうか。


最近のことなどすぐに忘れてしまうのに
そこでの会話、どんな服を着ていたのか・・本当に忘れていない。

落書き.jpg

模試を受ける次男を送ったあと、早朝の御茶ノ水で一人
青春の日々をさまよってみた。


けやき通りのスターバックスで、街が見える窓際の席に座り
シナモンをふりかけ、お砂糖をたっぷり入れた
心に優しいカプチーノを飲んでいる。


スローなクリスマスソングが ちょっとせつない。


2007年12月03日

Diamond Diary 82

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2007.12.3    毎日泣いている。  

このところ、というか、ここ2,3ヶ月、毎日泣いていると思う。

途中、友人が急逝して泣いたことを除けば
毎日、感動して泣いている。

昔から感受性が強い子、といわれてきた。
でも、今のほうが圧倒的に感受性が磨かれている。

毎日は感動にあふれている。

自分が生きていることに感動する。

子どもが元気なことに感動する。

お弁当を楽しんで作っている自分に感動する。

誰かが優しくしてくれることに感動する。

仕事があることに感動する。

同じ出来事を昔とは違う感覚で歓迎できる今に感動する。

いい本に出会えて感動する。

自分の運命に感動する。

コーチングセッションで、たくさん感動する。

人の想いにふれて感動する。

ダメダメだった状態の人の元気な笑顔に感動する。

ママセミナーで、その根底にある自分の想いに気がついて感動する。

そんなことをちゃんと感じる自分であることに、また、感動する。

ちゃんと感動できる自分になったきかっけは 一つの問いかけから。

『あなたの人生で実現したいことは何ですか?』

4年前の7月。
コーチングの学び初日、人生初ワークショップ@五反田ゆうぽうと。


コーチングを知りたくて、レクチャーを聴くつもりで参加したので
部屋に入って 輪に並べられた椅子に???。

さらに自己紹介もないまま、いきなり
「参加者同士できるだけ多くの人とこの質問をしながら関わってください。」
といわれて面食らった。

『あなたの人生で実現したいことは何ですか?』。


ただこれだけの質問だけど、あの時の私には、とてつもなく大きな衝撃だった。


あなたの人生?
人生?
私の?


私の人生って?

私の人生って、って考えていいの?


それは 生きていい、といわれたようなもの。

自分のために、自分の生きがいや、幸せを追い求めてもいいってこと?

それなりに生活して仕事をして母親をしていたから幸せだった。

言ってみれば、ほんの小さな触れ幅の感情で生きていた。


環境のせいではなくて 私の心が、閉ざされていたから。

誰も入り込ませなかったし、誰の中にも入りたくなかった。


いつだってそれなりに嫌われないように、気だけ使って優しくいた。


根底では何かを求め続けていたのかもしれない。

だからアンテナにコーチングが引っかかったのかもしれない。


『あなたの人生で・・』と問われて、人生を見つめたあの瞬間から
氷が解け始めたような気がする。


問いだけの力ではなく、あの時の輪の力。
人のぬくもりの力。
私に関わろうとしてくれる人の真剣なまなざしの力。


そこから始まったたくさんの学びの過程で
役割として何かをしている自分と、
なんのために生かされているのかを体現する自分を知った。

わすれなぐさ.jpg

子どもを亡くした母親はきっと誰もが自分を責めて責めて生きていると思う。

あの時一緒に死んであげなくてよかったのか
あの時、ああしていれば、こうしていれば死なせずにすんだのに。
残った自分が楽しくてはいけない。
自分は泣いてはいけない。
いいことがあると、必ずバチがあたる。

まして、自分の人生なんて。
人生で何かを実現したいなんて。


でも。

本当にこんなふうに自分を責めて生きることが、誰かを幸せにしている?
いろんな視点で人生を見てみることを知って、そんな素敵なことに気がついた。


もしあなたが生きていたら、どんな人生を送ってほしかったかといえば
伸びやかにやりたいことを見つけて 愛して愛されて笑顔で生きてほしい、と望むだろう。

心の奥底に隠しておいた箱を開けて、死んだ子どもに語りかけたら
そんな素敵なことに気がついた。


そして、もっと素敵なことに
私だって、誰かの子どもなんだよ、と気がついた。

私の母親は、私にどんな人生を送って欲しいかといえば
笑顔で、輝いて生きて欲しいに決まってる。


私自身は、本当にどう生きていきたいの?
本当は?本当は?・・と自分の本質を突き詰めてみたら
やっと、もう自分を責めなくていいことや
笑顔で生きる、本気で生きる、真剣に人と向き合いたいことに気がついた。

わすれなぐさ.jpg

今。

ここにいられることに感謝して、ここまでこれたご恩返しに
自分を責めて生きているお母さんを楽にしたい
自分の人生を見つめた事がない人にきっかけを渡したい。


人生っていつからでも何回でも輝ける。


だから、私は毎日感動している。


こんなに毎日泣いていたら、涙の塩分で乾燥して、
目の下がしわしわになってすぐにおばあさんになっちゃいそう。


でも、いいや。かわいいおばあさんになろうっと。

早くも12月に入りました。


忙しく活躍している皆様も、たくさんの感動に気がつきますように♪


Fortywinks