Chocolate Avenue
プロフィール
プロフィール
主催:小巻亜矢
東京都生まれ

大学(法学部)卒業後、上場企業に就職。結婚、退社、出産を経験する。
その後、美容の世界への興味から、美容専門学校にて皮膚理論、エステティック、カウンセリング、アロマテラピーを学ぶ。若い女性を支援するネットワークを構築するなど、幅広い活動の中で、コーチングに興味を持ち、現在は子どもの夢を応援するハロードリームプロジェクトをはじめ、親子・子ども・女性対象のセミナーを中心に活動中。
米国CCC,Inc.認定GCDF-Japan キャリアカウンセラー ・米国CTI認定コアクティブコーチングコーチ

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2007年04月23日

Heart Art

あわただしい日々だから、心の琴線が揺れる瞬間をたくさん持ちたい。
刺激と感動は,みずみずしさを失わないための大切なスパイスだから・・。
素敵な小説や映画、絵画や音楽。
ときめきをくれた作品を紹介していきたいと思います。

 【 無銭優雅 】  山田詠美 著  幻冬舎 

 相手が変われば、それはいつも初恋

・・・とびっきり優雅で贅沢なオトナの恋愛小説。

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花屋で働く独身女性・慈雨と中央線沿線の古びた日本家屋に住む、予備校教師・栄という、どこにでもいそうな二人のたった一つの恋の物語。
お金も、体力もあまりないけれど、周りからどう見られようと、
自分たちの恋にひたむきで純粋な二人の織り成す物語はどの場面をとっても満ち足りていて陽だまりのような心地よさだ。


一緒に冷凍うどんを味わう時間、縁側で髪を切ってもらう時間
せっけんを泡立てて入浴する時間。
日常をいとおしみ、これ以上ないほどに幸せを感じあう二人。

  
古今東西の恋愛小説の一節が所々に挟み込まれている。
堀辰雄『風立ちぬ』、泉鏡花『外科室』、樋口修吉『ジェームス山の李蘭』、
エヴァン・ハンター『逢う時はいつも他人』など、21作品からの抜粋。
このスパイスが効果的にはたらいて、中央線沿線を舞台に繰り広げられる恋の物語に不思議な深遠さをかもし出している。


〜物語から〜

死という代物に、私たちは今、世界で一番勝手な価値を与えている。
そうだ、死に至る恋愛小説とやらも読んでみようか。その内、不粋と自他共に認める私の恋愛作法も進化するかも解らない。彼は言う
「心中する前の日の心持ちで、これからも付き合って行かないか?」
ほんとだ。うっとりする。実現する筈もない道行きに思いを馳せるだけで、二人の世界は、甘くなる。

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「おれが二分って言ったのって、おまえが二分ぽっちってことじゃないんだよ。残りの八分にも、おまえがいるんだよ。ただし、おれと混じっちゃってる慈雨ちゃんなんだよ。」
「そうなの?」
「そうさあ。なかなか混じんない二分のために、おれらはこれからも会い続けなくてはいけない。」
「別に、そうしてやってもいいけどさ」
こいつめ、とふざけて、栄は私の髪を乱暴にかき回した。

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「おれ、ばばあの慈雨ちゃん好きになった。それって、ばばあでも慈雨ちゃんが好きっていうのとも、ばばあだから慈雨ちゃんが好きっていうのとも違うよ。慈雨ちゃんは慈雨ちゃんだよ。おれにとっての美しい人だよ。その慈雨ちゃんが年を取って行くってことは、おれと過ごした時間がどんどん増えて行くってことだよ。もっと、どんどん美しくなるに決まってる」
栄は私をやわらかく押し倒した。見上げると、彼の顎の無精髭に混じる白髪が目に入る。じじいだ。私がばばあなら、この人も、じじいなんだ。そう思ったら、身を寄せ合う自分達への憐憫の甘さが心に染みた。

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「もうじき慈雨ちゃんと初めての年越しだ。そしたら、今度は二度目の年越しをめがけて二人一緒に進んでく。その次は、三回目、そのまた次は四回目、そうやって一生続けてく」
「心中どころじゃないね」
「どっちかが死んだ時点で、心中と一緒だよ。心は、きっと後追い自殺する。だから、それまではずっと心中の道行き」
生涯、もうこの人以外の男はいらないな、と思った。ここに辿り着くまでに、ずい分と無駄足を踏んだものだ。少しくたびれた、けれども清潔な布団の中で、抱き合って眠ること。この、世にも簡素な天国を知るために、長い年月をかけた。私たち、この布団のように古びている。でも、二人なら綿打ちのやり方が解る。
何度でもふかふかになれる。

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2007年04月18日

Diamond Diary 61

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2007.4.18 〜ピンクのリボン・5 ≪五月の風が吹く頃は・・≫〜   

桜草.jpg

昨日病院にいってまいりました。
手術で切除した部分の検査結果が出まして、説明を伺いました。

この結果をもって、今後の治療方法が決まるので
ある意味では、病気の宣告同様に、緊張感がありました・・・。

私の癌は非浸潤性という性質で、転移の心配なし、という結果でした。

正直、ほっとしました。
何があっても受け止める覚悟はありましたが、抗がん剤やホルモン治療の
副作用はわかっているだけに、恐れと不安がモヤ〜っといつもありました。

そういう治療のさなかにいらっしゃる患者さん、本当に大変だと思います。
誰も、何も代わることはできませんが、戦う強さに敬意を表し、
心から、回復をお祈りさせていただきます。


今後は定期的に、右の乳がん検査や、全身のチェックを行います。
半年後の予約が入りました。

傷も完全にくっつきまして、腕の突っ張り感もだいぶよくなってきたので
来月から、ジムに通うことにもなりました。

こうして、私自身は健康を維持する仕組みを手に入れたことになります。

つくづく、人生に起こることは意味があり、感謝して受け止めると、
どんなことでも、たちまちギフト、になるものです。

優等生的な言い方ですが、これは自分自身の心を守り、幸せを感じる
魔法のようなもの。  

諸行常感謝! 

・・・失った胸に想うこと・・・

  ふぅ。。。

これは、ためいき。

傷もくっつき、絆創膏もいらなくなった左の胸部を見る。

・・・・

手術の次の朝、看護士さんは
「ショックかもしれないから、すぐに見なくていいですよ・・」と言いました。

でも、好奇心一杯の私は、『どれどれ〜』とさっそく覗き込んでみました。
「うわ〜痛そう!!」
(全然痛くなかったのですが、傷をみると痛い感じがしました)

あれから、退院して自分で傷の手当をするようになり
日常的に、目の当たりに見ているので、段々慣れっこにはなりました。

ようやくお風呂にもざぶ〜んと入れるようになりました。

傷の部分も丁寧に洗えるし、遠慮なくシャワーをかけることもできます。

つまり・・・不自由なことは何もなくなりました。

このようにさばさばしちゃっている私が自分の左胸部を見て想うこと。

これが・・・案外【女らしい】のです。

(別に特にキレイな胸だったわけでもないけどぉ・・・)

やはり、女性の身体っていうのは、曲線が美しく、バランスがよく
なんともいえない柔らかさが魅力あるものだったんだな〜と。

こうして、まるで片目をつむったような胸は、私の身体でありながら
初めまして、と言いたくなるような、なじみのないものに見えます。

女性でなくなったような・・とまではいかないものの
今までとは何か感覚が違うのです。

何でしょうか?
自信が失われたのでしょうか?
例えば(例え方が下品でごめんさい)商品価値がさがったような・・・。
誰も何も言わないに決まっているけど、私は密かにそう感じるのです。

もちろん人としての尊厳。
身体がどうであれ、生きていれば皆同じだけ尊い存在だということは
何も変わらず、存在否定などは感じません。

理屈と頭では、おっぱいが命を救ってくれたのでサンキュ!と思えます。

ただ、なんとなく、なんとなく、私だってもの悲しくなるのよってことです。
今ごろになって
【え〜ん、おっぱいなくなっちゃたよ〜】ってところでしょうか?

こうして口に出してしまうと、なんだか軽くなる気がします。
お読みになった方は重くなるのかしら・・ごめんなさい。


でも、ひとつここでやはり手に入れたものがあります。

身体をいつくしむ気持ち。

痛々しい傷、かばおうとして突っ張る筋肉。

なんだか小さい子どもが精一杯頑張っているいたいけな姿のようで
思わず、丁寧になでであげたくなります。

「ありがとうね〜」って。

以前にもお話しましたが、失う ということは
今まで【あった】ということ。
失ったことを嘆くより、今まであったことへの感謝にフォーカスします♪


これから薄着になっておしゃれを楽しめる季節。

下着などの工夫をして、くすぶらないよう楽しみます!

ほわんとしたシフォンのブラウスや、ワンピース。
冷房対策のショール、カーデガンなど。

今週は雨続きで肌寒いけれど
五月の風が吹く頃は・・・軽やかにスキップして出かけよう♪

そして、止まっていた計画を実行に移すときが来た!!

治療によっては、ご迷惑をかけると想って躊躇していたこと。

さて、いよいよ、スタート切ることができます。

追って、ご報告をしてまいります♪

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2007年04月16日

Happy Communication

2007.4.16   〜 「なぜ?」より「どうしたら・・?」 〜

諸行常感謝(しょぎょうじょうかんしゃ) by 松本理恵

この世の中に起こる諸々の出来事すべてに感謝の気持ちを当てはめていく。変化し続けるこの世の中のすべてに、常に感謝していくこと。

こんな素敵な言葉を座右の銘に掲げていらっしゃる松本講師のリードで
コーチング・ファシリテーター養成講座3回目を受講しました。
            http://www.icp-coach.info/03_graduate-04.html

コーチング・ファシリテーター養成講座では、実践的なプログラムでファシリテーターとしてのスキルを培うと同時に、今までのコーチングの理解を新たな視点から見ることができ、毎回様々な新鮮な気づきを頂いています。

今回、ピンポ〜ン♪と頭に響いたのは・・・

「なぜ?」で始まる質問を「どうしたら?」に変えてみたら!!

「なぜ、〜しないの?」「だって〜だから」・・・日常に溢れる会話ですね。

険悪な関係でなくても、親子、夫婦、恋人、職場で、普通に交わされます。

気をつけてみると・・・
「なぜ?」の後に続くのは否定的な文章になりますよね。

「なぜ、できないの?」
「なぜ、わからないの?」

そういわれると、受け取る側は、「だって、〜〜なんだもん!」
できないことの理由を躍起になって探し、仕方ないと思わせるために
できないことを正当化しようと頑張ることになります。

自問自答でも、「なぜ私は片付けられないんだろう?」という問いには
【だって時間がないもの】とか【クローゼットが狭いから】とか・・・。
言い訳しか出てこないものです。


これを
「どうしたら できるようになる?」
「どうしたら わかってもらえる?」
「どうしたら片付けられる?」

このように言い換えてみると、不思議と前向きな感じになって
答えを見つけようという心理状態になりませんか?

どうしたら、と聞かれると、できないことの言い訳ではなく、
できる方法を一緒に探すことになるので、相互関係もよくなります。

そうなんです・・・
「なぜ?」は、相手〔自分〕ができない、ことが前提になっていて
「どうしたら?」は、できることが前提になっているのです。

相手〔自分〕の可能性を信じている前提で、話を進めると
お互いに気分がいいものですよね。


このように質問の形で、引き出されるものが変わるのです!

何気ない会話でも、関係を良くも悪くもするコツがあるというわけです。

自分で「なぜできないんだろう?」と思っていることがあったら
そこを「どうしたら?」に変えてみることからやってみてください♪

私も、やってみています。

なぜ、お風呂に早く入れないんだろう?
→どうしたら、お風呂に早く入れるだろう?
 答:最後に私が入って掃除をする習慣をやめ、最後に入った人が
   必ず掃除することを家訓とする!

なぜ、母に毎日電話できないんだろう?
→どうしたら、母に毎日電話できるだろう?
 答:夕飯の後、食器を洗う前に電話すると決める。
   子どもにも宣言し、忘れたら言ってもらう!


今日は小雨模様の東京です。
天候不順ですが・・せめて心に青空を〜♪

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2007年04月12日

恋愛Concierge 21

 ・・・・この頃会話が弾まないカップルへ・・・・ 

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「ねぇ、この頃、波長が合ってないと思わない?」

「そんなことないだろう。 何も変わらないと思うよ。」

「本当にそう思う?」

「うん・・」

「キミはあってないと思うの?」

「なんだか、会話が・・・。お互いに疲れているせいかと思うし
そんなに深刻なものじゃないんだけど。
言おうかな、と思っても、別にいいか、と引っ込めちゃったり
あなたには興味のない話かなと思って、やめちゃうことが多くなった。」

「そうなんだ・・」

「あなたはもともと、自分のことをべらべら話す人じゃないし。
それを責めているんじゃないけど・・・
いつも私ばかりしゃべっていて疲れさせているんじゃないかとも思うし。」

「それは違うよ、キミの話を聴くのは楽しいし、好きなんだよ。」

「前はそれでいいと思っていたんだけど。
なんとなく、私のほうも、自分の話ばかりしているって遠慮があると、
段々会話がなくなって、距離があいちゃう気がする」

「そうか・・それはよくないよね。ボクの悪い癖だな・・」

「別に悪くないよ。ただなんとなくこうしてそれぞれの世界を守り始めると
あなたはあなた、私は私、友達も仕事も、別々のところで完結しちゃって
そのほうが、ある意味、楽 だったりするのかもしれないけど。
なんか、二人で生きていこうって思ってたのは何だったのかな?って。」

「そうだね、そういうことじゃなかったはずだね。」

「うん。そうなの。私がいる意味がなくて、自信もなくなっちゃって・・」

「自信って?」

「私がいる意味。疲れさせてるだけじゃないかって。」

「例えば、こういうことはあるんだ。仕事もそれなりにいろいろあるけど
それは自分でどうにか気持ちを切り替えることができてるし
それをキミに話すと、余計な心配をかけるんじゃないかと思うから話さない。
今はキミだって大変なときなんだから。
仕事をもちこまないで、癒される時間としてキミと会っていたいって
いう気持ちはあったな。」


「そうなのね、それもわかる。でも、なんだか何も見えない気がして寂しい。
こういうことがあって、でも自分は気持ちをこんな風に切り替えてるって
話してもらえたら今よりもっと理解が深まるし、私も学ぶことができるよ。」

「心配かけたくないって言う気持ちが強いんだろうな・・」

「それもわかる。でも心配かけていいんだと思う。
心配することより、話がなくなって距離を感じて、溝ができるほうが怖い。
それぞれの世界で、仕事の話をするのはこの人、趣味の話はこの人、
家族の話はこの人。ってそれを知っている世界の人とだけ話してたら
私達はお互いに必要なくなって、誤解だらけになる気がする。」

「そうだったよ、それじゃよくないよね。
なんでも話すようにしよう。
気がつかなくてごめんね。鈍感なんだよね、ぼくは。」

「鈍感なあなたと、敏感な私だからいいのよ。
よかった、これで私がいる意味が、また見えてきた。」

「だからぼくはキミがいないとだめなんだよ。
いつの間にか、自分だけで完結しそうになるんだね。」

「大丈夫。また城壁を作り始めたら、壊してあげるから!」

  〜〜〜♪めでたしめでたし♪〜〜〜

パートナーは心配かけあっていいのだ。
顕微鏡的なことまで話ができてこそ長続きするのだ。
時には、しゃべり倒しの二人になろう♪

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2007年04月09日

Diamond Diary 60

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2007.4.9  〜 不幸好きな女(ひと) 〜   

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どうも話を聴いていると、(この人は不幸好き?)と思う人がいる。
前向きになりたがらない。

でも、【人はみんなイキイキと輝いて前向きに生きたほうが幸せ!】
というのは、私の思い込みなのかもしれない。

愚痴を言っている自分がいやじゃない。
何もしないでそこに漂ってため息をついていたい。
新しい変化が嫌い。
エネルギッシュな自分なんて恥ずかしくて耐えられない。
笑うことはあるけど、くすっと人知れず笑う程度。
惚れる男はいわゆる〔ダメンズ〕で、いつも振り回されて終わる。
「しかたないの〜」が口癖! 

あぁ〜〜、私は叫びたくなる。

本当に、ホントに、このままでいいのぉ〜〜??????


でも、

ほんとに・・・

いいみたい。

この頃、コーチをしていて、気をつけなければ、思うのは
幸せの定義を勝手に私が持ってしまっていること。

そんな定義とは程遠くても幸せを感じる人がいても不思議でもないか。


ちょっとわかったのは、そういう状況を本人はちゃんと納得していて
案外すっきりしちゃっているのだ。

無意識にそうなっているのではなくて、自分でそれを選択している!
流されているようで、そうではなく、主体性はちゃんと自分にあるのだ。
・・・つまり
私は、また男に振り回されている、ということが不愉快ではなく
【ちゃんと振り回されている】といった感じ。


人って本当にいろいろだぁ〜。。


そこで思い出したのが 感情モニタリングで習った『モニター室』。

いつもすっきりさわやかな自分でいられたらいいけれど
そうもいかないのが現実ですよね。

言いたいことがいえなくてイライラしたり
できない自分にへこんだり・・。
むかつく相手なのに、怒るわけにいかなかったり、
ついYesを言ってしまったけど本当はNoを言いたかったり。

そんな時、心にモニター室を設置しておくと
すっきりさわやかな自分でいられる(ことが多くなる)のです。

当事者としてかなり興奮しているときは、難しいですが
それでも、心にモニター室、を持っているととっても役に立ちます。

例えば、こんなとき・・
 ★とっても困った時★
【どうしよう〜】は横に置いて、2階のモニター室にトントンと登っていき
そこから自分の様子、感じていることを観察するのです。

舞台で困っている自分は、どんな気持ちでしょうか?

困ってる・・おろおろしている・・不安・・少し怒りもある・・自己嫌悪・・

その姿を見ているモニター室の自分もつられて同じ感情になったり、
客観的にみて、困っているけど大丈夫だろう、と思うかもしれない。

 ★とても悲しいとき★
もうだめだ・・・と思いつつ、モニター室から自分を見る。
どうみても悲しい、モニター室にいたって悲しい、泣けてくる・・。

そんなときは、それだけ強烈に悲しんでるんだ、と感情を受け入れる。

 ★かなりむかついている時★
怒鳴りたい、なぐりたい〜何か言ってやりたい!
相当不愉快な気持ちですね。
それをモニター室から見てみると・・・。

あ〜怒ってる怒ってる。そりゃそうだ。あいつなんかなぐっちゃえ〜。
あいつのアノ態度は許せない。

ここで何に対しての怒りなのか、少しはっきりします。

なので、いきなり怒鳴りつけるよりは、本当に言いたいこと
辞めてほしいことが、すんなり出てきます。

 「ふざけないでよ!!」
 ではなく
 「こういうときはこうしてほしいのよ!」

モニター室では、実際の感情を客観的にみることで静まる場合と
さらにダブル効果で感情が膨らむ場合があります。

楽しいこと、嬉しいことなどは、こうのようにモニター室からみると
嬉しさ100倍になることもあります!

直近の私の例でいうと・・
大学生になった息子が見せた極上の笑顔♪♪♪
(今まで笑ったら損、くらいにぶすっとしていたので
小学校低学年ぶりに少し照れたように見せた笑顔は最高でした。)
・・で、その笑顔で腰砕けになるほど喜んでいる私を、おいしいだろうと
モニター室からも観察しました。
その結果「嬉しいね、可愛いよね」という声が増幅して幸せが100倍に!

不幸好きな女性の話からだいぶずれましたが
我思うに・・・彼女はそのモニター室をちゃんと持っていて
自分はそれでよし! という意識を常にもっているんだなと思ったのです。


要するに、私や一般的にはどう見えようとも
本人が、良ければ何も言うことはないのであり
不幸好き、なんて言っちゃいましたが
決して、彼女は不幸なんかじゃないってこと。

本当に嫌なことって、人はそんなに我慢できないものらしいです。

身体が教えてくれるか、
爆発するか、
あきらめて死んでしまうか。


いやだいやだ、といいながら続いている勉強や仕事
もういや、といいながら別れられないカップル。

モニター室のあなたが、結構ニヤニヤ笑っているのかも♪

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春爛漫・・・素敵な1週間を!

2007年04月06日

Heart Art

あわただしい日々だから、心の琴線が揺れる瞬間をたくさん持ちたい。
刺激と感動は,みずみずしさを失わないための大切なスパイスだから・・。
素敵な小説や映画、絵画や音楽。
ときめきをくれた作品を紹介していきたいと思います。

 【 みんな生きてる 】   〜NHK教育番組から〜 

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人や本や音楽、そしてテレビ番組も出会うべくして出会います。

一昨日出会ったNHK教育ドキュメンタリーの番組『みんな生きてる』は
横浜の小学校6年生が、みんなで劇を作る姿を追ったものです。
http://www.nhk.or.jp/ikiteiru/ja/frame.html

【あらすじ】

主人公は(小学校6年生の女の子)は小学校生活も残り少なくなった去年の暮れ、「みんなで一緒にお芝居をしよう」と友だちによびかけました。そして、仲良し17人の6年生で活動を始めます。
「中学に進んだらみんな勉強で忙しくなるような気がするから、やるなら今しかないかなと思った」と女の子は言います。

芝居をするのも、演技を考えるのも、台本を書くのも、そして照明や小道具などの裏方も、6年生がします。

文章を書くのが大好きな子が、以前書いた中学校を舞台にした友情がテーマのお話。
女の子はそれを読んで、お芝居にしようと持ちかけたのです。

 題名は 『生きる理由(わけ)』
主人公の奈美はいじめられた経験から、心をとざしてきました。
そんな奈美の前に現れた転校生の男の子、かける。明るい性格で、奈美の心を少しずつときほぐします。
やがて奈美は、友だちの大切さに気づいていきます。

学校では全校集会で発表することが決まり、練習に熱が入ります。

奈美は、かけるからお笑い部へ一緒に入ろうと誘われますが、なかなか入部届を出そうとしません。それでも熱心に誘うかけるに対して奈美はどうするのか・・・奈美の気持ちが変わる大切な場面。
練習を続けていく中で、奈美がお笑い部に入ると急に決めるのは無理があると女の子が言い出し、話し合いが始まりました。

同じ目しか出ないサイコロを使って、かけるが奈美を強引にお笑い部に入らせるという案が出ます。みんなが盛り上がる中、サイコロで奈美の気持ちが本当に変わるものなのか、女の子は考えこんでしまいます

放課後、女の子はお話を書いた友だちと、奈美の気持ちが動く場面をもう一度考えてみました。
二人は、奈美がかけるにつらい経験を打ち明け、話を聴いてもらうことで心が少し楽になるという新しい場面を考え出しました。
「絶対、こっちのほうがいいと思う。こっちのほうが気持ちも伝わるだろうし」と女の子は言います。

次の朝、新しい台本をみんなに配ります。奈美の気持ちになって考えた台詞ですが、みんなはサイコロの案のほうに乗り気です。奈美の気持ちの変化をしっかり表現したいと思った女の子。一方、かける役の子はサイコロの案に賛成です。
かけるの強引さは思いやりでもあり、奈美の気持ちの変化はお芝居全体を通して描くことができると考えているからです。
いいお芝居を作りたい。思いは一緒でも、意見はそれぞれ違います。

発表会まであと3週間。この日、6年生のみんなに練習の成果を見てもらうことにしました。台本を直す時間はないので、女の子が考えた案でやってみます。同級生には大好評でしたが、その後の反省会で、奈美の気持ちが変わる場面をどうするか、また話し合います。みんなの考えはサイコロの案に傾いています。女の子も最後にはみんなの意見に賛成します。

小学校生活も残り少ない今、大好きな友だちとお芝居をしたい。女の子は、みんなに呼びかけたときの気持ちを何よりも大切にしようと考えたのです。発表会に向けて、17人はまた練習を始めます。友だちと過ごす時間は、楽しかったり、ちょっと苦しかったり。でも、友だちがいるからこそできることがあると感じている6年生の仲間。

劇の主人公が、初めに観客に問いかける言葉
「人は一人で生きていけないってどうして決め付けるの?
私は一人がいい。一人で生きていってみせる。」
   ・・・ズキンと心に響きました。
   
そんな奈美の心を解くのは転校生の男の子の強引な関わり。
それが〔誰かに必要とされる喜び〕を奈美に気づかせることになります。

奈美の気持ちの変化を表現する場面を話しあうとき、子ども達は
互いの意見をしっかり聞きながら自分の意見もはっきりと伝えます。
その時、「時には強引さも優しさだ。」と言うのです


6年生、12歳の心で感じている優しさ。
何を大切にしたいか、と自分に問いかける姿勢。
聴く力、話す力も素晴らしかったです。

劇の中に描かれているいじめや友情に対する子どもの視点。
 いじめは人の心を閉ざしてしまう、
 友情は大切なもの、
 生きる理由は、誰かの役に立つこと、誰か元気にすること。


大人にも十分通じることだと、食い入るように見入った15分。
・・・感動をお裾分けしたくなりました。

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2007年04月02日

Happy Communication

2007.4.2   〜 聴くことから始める素敵な関係 〜

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「誰も私の話なんか聴いてくれない。」
「もういいわ、どうせあなたにはわからない。」
「話したって、馬鹿にされて、笑われるだけ。」

・・・・これらの本音は何だと思いますか?

そう、
『私の話をちゃんと聴いてほしい!』

人は自分の話を聴いてもらいたいのです。
自分の話をしっかり受け止めてくれる人は大好きなはず。

女性も、男性も自分のことを聴いてもらいたい欲求はあります。
でも、大人になると、様々な立場が邪魔をして
【こんな事を言ったらばかにされる】とか
【自分をあけすけにすることで、優位性が失われる】といった恐れから
なかなか打ち解けて話をすることができないのです。

人は一人で生きていけません。

関わりを持って生きていく以上、いつも防波堤をつくって警戒したり
疑心暗鬼になって、殻に閉じこもったりしないで
緩やかに、お互いの気持ちを交換し、夢を応援しあえたら素敵ですよね。

そんな関わりが当たり前の世の中になることが私の夢です。

そして、そんな関わりの第一歩は≪話をきちんと聴く≫から始まります!

これはコーチングに限らず、日常生活、家庭や職場でも大切なこと。

『相手が話したくなる聴き方』というのがあります。

ひたすら心を傾けて聴くのです。

そういってしまうと、簡単なようですが、案外できていないもの。
忙しい生活の中で、ついこんな聴き方をしていませんか?

 ★心ここにあらずで相手の話を『音』として聴いている。

・・・何かしながら、は論外ですが、自分に何か気になることがあると、
聴きながらも気持ちは他のことを考えてしまうことはよくあります。

 ★自分の中で、相手への先入観や評価がいわゆる「色眼鏡」となって
  ニュートラルな気持ちで聴けていない。
 【どうせまた、たいしたことじゃない、考えすぎだよ・・・。】
 
 ★話をさえぎり、解決しようと、自分の意見やアドバイスを述べ始める。

悪気はなく、良かれ、と思ってついやってしまうのですが
【良かれ】が、人によってまったく違うこと、つまり、大切にしたい価値観は、
ひとりひとり違う、を認識しなければなりません。

では、どのように聴けばいいのでしょうか?

絶対してはいけないのが、いきなりの『否定』です。

上司から部下、親から子ども、慣れあいになったパートナーに対して、
私達は、案外簡単に“ズバッ”と、否定してしまうものです。

私もたくさん失敗してきました。(特に子どもたちに対して)

話の途中で「ばっかみた〜い!」とか
「はいはい、わかったわかった。」
(わかったという言葉と裏腹に、話や話そうとしている気持ちを否定してる)


ありがちですが、こんなことの積み重ねで、信頼関係が損なわれ
「どうせ言っても、わからない。」と、会話のない間柄になってしまいます。

もし、誰かとそうなってしまっている、と感じたら・・・

修復は可能です!

まずは、今までの失礼な聴き方をわびます。
(たとえ相手が子どもでも、きちんとわびます。)
「せっかく話そうとしてくれたのに、ちゃんと聴けなくてごめんね。」

そして聴き方を変えます。
目線、姿勢、気持ちで相手を迎え入れます。

 ★目を見て聴くのは基本。どんな表情なのかはちゃんと見ましょう。

でも、余り凝視してはかえって話しづらいもの。
真正面よりも少し横にいたほうが話しやすいかもれません。

 ★そっくり返っていては偉そうで何か意見されそうな感じがします。

相手に近づく感じで ほんの少し前に乗り出します。
(聴く気持ちになると、自然とそういう姿勢になるものですが・・・)

 ★気持ちは・・・相手に好奇心を100%向けて。

言葉の奥にある本当の気持ち、その人が何を大切にしたいのか、
キャッチするつもりで聴いてみましょう。


・・・こんな聴き方をしてもらえると、とても話しやすくないでしょうか?

ケースバイケース、初めから教えることが必要な時もあります。
そんなときも、相手は話を吐き出すことで、聴くスペースができます。

4月、新年度のスタートにあたって・・・

どんな新しい環境も、希望とともに不安がつきものです。

また、季節の変わり目は、体調が変わる時でもあります。

こんな時こそ、ちょっとした心がけで『聴き上手』になれたら
それだけで、周りの方を癒し、元気づけることができるでしょう。

いつもいつも聞き上手でいなければ、とすると肩がこってしまいます。

話を聴いてあげたい、という思いが湧いてきたり
本当に話を聴いてほしいんだな、と感じる相手と会話するとき
自分なりにスイッチを入れてみてください。

ただ共にいて、話を聴き、受け入れてくれる存在。

ありがたいものです。

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「聞いてください」
 
  “Loving Each Other” より
            by Leo F. Buscaglia

私の話を聞いてください、と頼むと 
あなたは 助言を 始めます
私は そんなことを望んではいないのです

私の話を聞いてください、と頼むと 
あなたは その理由について 話し始めます
申し訳ない と思いつつ私は 不快に なってしまいます

私の話をきいてください、と頼むと
あなたは 何とかして 
私の悩みを解決しなければ という気になります
おかしなことに それは 私の気持ちに反するのです

祈ることに慰めを見い出す人がいるのは
そのためでしょうか

神は 無言だからです
助言したり 調整しようとはしません
神は聞くだけで 悩みの解決は 自分に任せてくれます

だから あなたも どうか黙って 私の話を 聞いてください
話をしたかったら 私が話し終わるまで
少しだけ待ってください

そうすれば 私は 必ず
あなたの話に 耳を 傾けます

Fortywinks