2007年04月23日
Heart Art
あわただしい日々だから、心の琴線が揺れる瞬間をたくさん持ちたい。
刺激と感動は,みずみずしさを失わないための大切なスパイスだから・・。
素敵な小説や映画、絵画や音楽。
ときめきをくれた作品を紹介していきたいと思います。
相手が変われば、それはいつも初恋
・・・とびっきり優雅で贅沢なオトナの恋愛小説。

花屋で働く独身女性・慈雨と中央線沿線の古びた日本家屋に住む、予備校教師・栄という、どこにでもいそうな二人のたった一つの恋の物語。
お金も、体力もあまりないけれど、周りからどう見られようと、
自分たちの恋にひたむきで純粋な二人の織り成す物語はどの場面をとっても満ち足りていて陽だまりのような心地よさだ。
一緒に冷凍うどんを味わう時間、縁側で髪を切ってもらう時間
せっけんを泡立てて入浴する時間。
日常をいとおしみ、これ以上ないほどに幸せを感じあう二人。
古今東西の恋愛小説の一節が所々に挟み込まれている。
堀辰雄『風立ちぬ』、泉鏡花『外科室』、樋口修吉『ジェームス山の李蘭』、
エヴァン・ハンター『逢う時はいつも他人』など、21作品からの抜粋。
このスパイスが効果的にはたらいて、中央線沿線を舞台に繰り広げられる恋の物語に不思議な深遠さをかもし出している。
〜物語から〜
死という代物に、私たちは今、世界で一番勝手な価値を与えている。
そうだ、死に至る恋愛小説とやらも読んでみようか。その内、不粋と自他共に認める私の恋愛作法も進化するかも解らない。彼は言う
「心中する前の日の心持ちで、これからも付き合って行かないか?」
ほんとだ。うっとりする。実現する筈もない道行きに思いを馳せるだけで、二人の世界は、甘くなる。

「おれが二分って言ったのって、おまえが二分ぽっちってことじゃないんだよ。残りの八分にも、おまえがいるんだよ。ただし、おれと混じっちゃってる慈雨ちゃんなんだよ。」
「そうなの?」
「そうさあ。なかなか混じんない二分のために、おれらはこれからも会い続けなくてはいけない。」
「別に、そうしてやってもいいけどさ」
こいつめ、とふざけて、栄は私の髪を乱暴にかき回した。

「おれ、ばばあの慈雨ちゃん好きになった。それって、ばばあでも慈雨ちゃんが好きっていうのとも、ばばあだから慈雨ちゃんが好きっていうのとも違うよ。慈雨ちゃんは慈雨ちゃんだよ。おれにとっての美しい人だよ。その慈雨ちゃんが年を取って行くってことは、おれと過ごした時間がどんどん増えて行くってことだよ。もっと、どんどん美しくなるに決まってる」
栄は私をやわらかく押し倒した。見上げると、彼の顎の無精髭に混じる白髪が目に入る。じじいだ。私がばばあなら、この人も、じじいなんだ。そう思ったら、身を寄せ合う自分達への憐憫の甘さが心に染みた。

「もうじき慈雨ちゃんと初めての年越しだ。そしたら、今度は二度目の年越しをめがけて二人一緒に進んでく。その次は、三回目、そのまた次は四回目、そうやって一生続けてく」
「心中どころじゃないね」
「どっちかが死んだ時点で、心中と一緒だよ。心は、きっと後追い自殺する。だから、それまではずっと心中の道行き」
生涯、もうこの人以外の男はいらないな、と思った。ここに辿り着くまでに、ずい分と無駄足を踏んだものだ。少しくたびれた、けれども清潔な布団の中で、抱き合って眠ること。この、世にも簡素な天国を知るために、長い年月をかけた。私たち、この布団のように古びている。でも、二人なら綿打ちのやり方が解る。
何度でもふかふかになれる。













