Chocolate Avenue
プロフィール
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主催:小巻亜矢
東京都生まれ

大学(法学部)卒業後、上場企業に就職。結婚、退社、出産を経験する。
その後、美容の世界への興味から、美容専門学校にて皮膚理論、エステティック、カウンセリング、アロマテラピーを学ぶ。若い女性を支援するネットワークを構築するなど、幅広い活動の中で、コーチングに興味を持ち、現在は子どもの夢を応援するハロードリームプロジェクトをはじめ、親子・子ども・女性対象のセミナーを中心に活動中。
米国CCC,Inc.認定GCDF-Japan キャリアカウンセラー ・米国CTI認定コアクティブコーチングコーチ

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Happy Communication

2007.2.14   愛について  〜許すということ〜

ピンクのバラ.jpg

思えば子供の頃から、愛についてよく考える少女でした。

いつか、愛の本を書きたい、と思いますが
今はまだ、散文の状態で、まとまりません。
今日は少しだけ、今の思いをお伝えしたいと思います。

「愛することは許すこと、すべてを受け入れること。」
言い尽くされていますが、愛って、やっぱりそういうことだと思います。

幸せってどんな状態だと思いますか?

誰かに愛されていること?
誰かを愛していること? 
お金がたくさんあること?
何の心配もないこと?
好きなことを存分に出来ること?
健康なこと?

・・・誰かに愛され,, 誰かを愛し、お金の心配も悩みもなく、
好きなことが好きなだけできて、健康だと手に入るものはなんでしょう?

幸せの価値観は人それぞれ違いますが、
それによって得られるものは、
『心が安らかで笑顔でいられること』ではないかと思うのです。

生きている以上、いろいろなことが起きます。

自分で撒いた種もあれば、もらい事故のように人の影響を受けることもある。

自分のことも、人のことも、起こるものごとも・・・
私達は、知らず知らずに『裁いて』います。

自分のことは、反省と紙一重のところで、裁いている。
人のことは、自分の印象で『この人はこういう人』と裁いている。
物事は、自分にとってどんなプラスマイナスがあるか裁いている。

OK!という裁きなら、心の平安につながるので幸せに至る道です。

もし、NO!と言う裁きなら・・・これは心の平安を妨げることが多いので
できればなんとかしたいものです。

こんなとき、『許す』もしくは『手放す』ことを知っていると、とても楽です。

【自分を許すということ】

これは ありのままの自分を受け入れる、といったほうが
わかりやすいかもしれません。

いろんなところがあって自分という人間が成立している、と受け入れる。

その上で、変えたいところがあれば、努力して変えていけばいい。
変えられないからと言って、自分を否定せず、その時その時の自分を
そのまま抱きしめるように、受け入れる。

変えようとしたことがまずは素晴らしいのです。
そこからまた始めればいい。

自分が自分の理解者であること、は一見当たり前のようですが
様々な、視点が絡まって、それを難しくしています。

一番長く自分の裏も表も知ってきたのは、自分なのに。

自分を愛せないと思っている方に、
自分を愛せること
実は愛していることに気づいてほしいです。

どうしたらいいのでしょう。

祈るしかないでしょうか。

【人を許すということ】

許せないほどの過ちを犯す人はいます。

なので、人を許すというのは
 無理やり、我慢をして、怒りを押さえることではありません。
 上から見下ろすように、立派な態度で接することでもありません。
 許したことが明白にわかるような言動を伴うものでもありません。

自分の心が晴々と、安らかになるように切り替えることができれば
それが「許し」あるいは「許せないことを手放す」ということだと思います。


『幸せを感じられないのはあの人のせいだ・・・』ということ。

確かに事実はそうなのかもしれません。
でも、そのことを手放せないでいるのは自分なのです。

許すのは簡単なことではありませんが、繰り返しイメージをしていれば
やがて、それがどんなに気持ちのいいことか、身をもって体験し
いつのまにか、過去の出来事から自由な自分になることができるでしょう。


私達はいつも、様々な形で失敗をします。
知らず知らず、人を傷つけることもたくさんしています。

人は、不完全なのではなく未完成なのだと思います。
どの部分が「未完」か、の違いこそあれ、みんな「未完」です。

両親やパートナー、教師や先輩など、尊敬したい人が
許しがたい言動をした時、私達はひどく傷つき失望します。
裏切られた気持ちにさえなります。

みんな未完だ、ということを忘れてしまい、期待が大きいからこそ、
愛を期待するからこそ、その失望はなかなか消えないのです。

したがって、その状態から相手を許し、失望を手放すのは大変なことです。

油絵の大きな作品を至近距離で見ると、一色の絵の具の点でしかない。
少しづつ離れていって全体を見たときに、はじめて 絵のすばらしさ、
一つの絵の具の色でしかなかった点が全体のなかで果たす役割もわかる。

この例えは、人生全体、人の全体を、なかなか見れていないことを
表しています。

過ちを犯す一点
それは全体からみたら、ほんの一瞬だったかもしれない。
人生のある時期、自分を見失っていた時期なのかもしれない。

無駄に思える出来事
それも、今の自分にとってなくてはならない歯車のひとつ。
それがなかったら、絵は穴があいたまま。


私にも、絶対見られたくない点は数知れずあります。

 たまたま、意地悪な気分ではき捨てた嫌味な言葉、
 人に接したくなかった時期の、険しい顔。
 フリーペーパーだと思い込んで持ち帰ってしまった雑誌。
 (後で気がついたけど返さなかった・・・)

とてもとても表現できないことも、多々あります。

そこだけをみられたら、私はどんな印象を残したのだろうか、
と思うと、全部消したくなります。


私たちはお互いに未完の人間同士、ゆったりとおおらかに見守りあい、
心安らかに居られたら、愛に満ちて、幸せなのだと思います。

今日はバレンタインでした。

プレゼントを贈った人、もらった人。

プレゼントはあげる側が「ありがとう」と言うアフリカの素敵な習慣♪

何かを許すことができたとき、許したほうが救われるものです。


心安らかに、周りにある愛を感じて、穏やか微笑みをたたえる・・・
そんな幸せが、誰にでもあることを信じて、祈ります。

天使のはしご 005.jpg

人生は美しい。
人は愛に満ちている。

私たちは光る存在としてあり、
光を与える存在としてあり
光を受ける存在としてある。

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コメント一覧

上手くいかないのはあいつのせいだ、とずっと思っていることがあります。
本当に嫌な経験で、人にもいえません、言いたくありません。

大人になっても、ずっと傷になっているのがわかるし、いつもちくちく痛むし、そのせいで人を心底信用することが出来ない。

でも自分でも少しそこから自由になれないのは自分の責任のような気がしていました。

みんないろんなことを抱えて生きているのに、もっとつらい体験をしている人が、立派に人を救う仕事をしていたりするのに、と自分を情けなく思うこともあります。

許すことが自分のテーマだと思っていた矢先に亜矢さんの今日のブログを読んで、はっとしました。

抱えていたのは自分に他ならないし
あいつだって、きっと人生のひとつの点で間違ったんだと思う。

なにもかもそのせいにして、縛られることで、逃げ場にして、安心していた。

解放されることの気持ちよさを少しイメージしてみた。

晴々っていいことばですね。

できるかどうかわかりませんが、春にむけて、何か変えてみたくなっています。

ありがとうございました。

miuさま

空をみるといいですよ!

もう手放し始めています。

晴れ晴れ、清々と、
きっとそんな春を迎えられます♪

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