Chocolate Avenue
プロフィール
プロフィール
主催:小巻亜矢
東京都生まれ

大学(法学部)卒業後、上場企業に就職。結婚、退社、出産を経験する。
その後、美容の世界への興味から、美容専門学校にて皮膚理論、エステティック、カウンセリング、アロマテラピーを学ぶ。若い女性を支援するネットワークを構築するなど、幅広い活動の中で、コーチングに興味を持ち、現在は子どもの夢を応援するハロードリームプロジェクトをはじめ、親子・子ども・女性対象のセミナーを中心に活動中。
米国CCC,Inc.認定GCDF-Japan キャリアカウンセラー ・米国CTI認定コアクティブコーチングコーチ

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2006年11月30日

Happy Communication

2006.11.30   〜 今朝のコーチングにて 〜

今朝、コーチとのセッションがありました。(私がクライアントです)
夕べから テーマを感じてみると、まだ気が早いけれど1年の振り返り。
【反省も含めて、見落としているギフトがないか、ゆっくり感じてみたい】
そんなことが浮かんできました。

冬の樹.jpg

木の根が地中のいろんな栄養をからめとっていく感じ。
物事の意味を味わい尽くしたいという貪欲な価値観が出ている。


高い山から振り返ってみると・・・どんな所にハイライトがあたっている?


何かの出来事というよりは、人との関わりにおいて、
自分にyes/noを言えるようになったこと。
とことん関わり、違和感を伝え、ごまかさない姿勢で向き合った。

その反面、浅いところで関わる人には、その浅さにもOKを出してきた。
その場しか関わらない人もいるからこそ、その場で精一杯関わった。

そして、人間関係に執着しないことを覚えた。

・・・そのことがいちばん大きな変化であり、収穫だったと感じる。


1月から、ざっと出来事を振り返ると、学びにおいても仕事においても
驚くほどよくやってきた。秋ころまでは必死な感じ。
そしてここ2ヶ月ほどはリラックスして身を任せ、幸せの方向をしっかり
確認した感じがする。

それから『小さな大丈夫』を手放して『大きな大丈夫』を手に入れた。
つまり、自分の弱さを受け入れることで、もっと大きな安心を手に入れた。

「私ちっとも大丈夫じゃない」とさらけ出すことで、
受け止めてくれる人の愛を感じられるようになった!

もうひとつ、とても大きな変化は・・・
自分に沸き起こる全ての感情と様々な自分を受け入れるようになった。


素の自分。
いろんな表情を持つ、多面体。


愛に溢れた私。人をさげすむ私。遠慮がちな私。我の強い私。幼い私。
かわいい私。頑張りやの私。怠け者の私。ノリのいい私。冷めた私。
清純な私。下品な私。男っぽい私。とことん女の私。賢い私。あほな私。
気の利かない私。気が利きすぎる私。責任感の強い私。無責任な私。
心配症の私。脳天気な私。


全部私の中にあって、そのどれかを演じているわけではなく
全部が自分そのものだと素直に認められるのがすごい進歩だと感じる。

以前は、真面目できちんとしていない自分はよくない、と信じていた。
人には常に優しく、おおらかにあるべきだ、と強制してきた。
そして、そうでない自分は自分じゃない、と否定し続けてきた。

今の自分はものすごく変化している。

案外そのまま自分の感情を感じたり、受け入れるって難しいこと。
でも、これが出来るようになると、あまり怖いものがない感じ。

何が起きても、どうあがいても、そう感じる自分がいるだけで
それも永遠に続く出来事なんてないから、過ぎていく。

そのあとでどんな自分がいるのか好奇心が湧く。

思ってもいない不幸な出来事だって起こるだろう。

その時、だめになるならだめになればいい。
無理に平気でいることなんかない。

とことん泣く。

関わる人にもそうさせてあげたい。

泣いている人がいても、無理に笑わせたりしない。
とことん泣かせてあげる。

苦しんでいる人がいても、助けたりしない。
とことん苦しみを味あわせてあげる。
ただ、そばにいるだけ。

感情は代わってあげることは出来ない。
その人だけのもの。

途中で打ち切ったら、ずっとくすぶり続ける。

その感情をとことん味わせてあげることが使命だと感じる。

(とことんってなんか可愛い響きなのにすさまじい意味を持つな〜)

人の身体は錆びていくけれど
気持ちは錆びることなく、どんどん変化してく・・。

新しい自分、新しい夢。

こんな自分になった今、挑戦したいことは、
意識的に人と関係を作っていく、ということ。
これまた漠然としているけれど・・・。
根底にある想いは 『一期一会、出会いを活かす。』
そして
『今在るものに感謝と幸せを感じつつ、今在るものに執着しない。』

今在るものという対象ありきの幸せは、それを失った時に変化する。
だから、常に柔軟に幸せを求め続ける。

もちろんそれは全員が違うもの。

「変わらないものなんて何にもない。」
そう感じた時、永遠とか普遍なるものって何だろうという問いが湧いた。
この答えは簡単には見つかりそうもない。

きわめて 今とても心地よい状態にいるけれど。
あえて課題を探してみると・・・

『焦りを手放す。』

前ほどではないにしろ私は結構頻繁に、物事を焦る。

焦っている時の身体の感覚はどうだろう?

両耳の上あたりから頭全体にじわじわ血が上っていく感じ。
腹の底は空っぽな感じ。

イラついて、ざわついて、大切なものを見落としていそう。

どうしたいか、感じてみると・・・・
焦りを手放すことで、ゆったり、変わり行く流れを楽しみたい。

ゆったり、ゆったり 後で味わうのではなく
その時その時を味わい尽くしながら進んでいくイメージ。

そう、悠久の川の流れのように。

通る道ならばいつか通る、くらいにゆったり構える。
(イメージした川はなぜか雄大なチグリス川だった。)

川をイメージすると 焦りがすっと消えていく感じがするので
仕組みとして心にインプットする。

常にゆったりを流れを止めることのない川。
何処から来て、何処へ行くのか・・・。

永遠、普遍の問いの答えではないものの
今までも、これからも、何かに導かれてここにいる気がする。

それはなんだろう。

光?

希望や夢。
自分が輝く
みんなが輝く。

光の方向に向かって、道を選んできたかもしれない。


そう、人生には光がある。絶望なんてない。

光はみんな持っている。

犯罪者だって、本来は光を持っているのに
覆い隠すものが強くて大きかっただけなのだと感じる。

一人では、その光を見出すことができなかったに違いない。
もし、人生のどこかの時点で、光を感じられたら・・・。

出会える人は限られるけれど、めぐり合った人には
その人の光に気づいて欲しい。

光を邪魔するものを見つけて、どけて、輝かせる。
それがこれからの夢。

出会いを活かす。それも、私だけが一方的に頑張って
「私に任せて!」っていうのではなく
お互いに協力して建設的な相乗関係を作る。

そういう役を頂いて、今ここにいると感じる。
どういうふうに・・・はゆったり探しながら、実現しよう。

そんな私をコーチはコメットさんみたい!と言ってくれた♪

【ふれあいを大切に】と始まった2006年の締めにむけて
自分と十分向き合えた朝のひとときでした。

450-2005112322252695.jpg
何度も紹介しているけれど、どうしても再度紹介したい言葉。


  光る 光る すべては光る
  光らないものは ひとつとしてない
  みずから 光らないものは
  他から 光を受けて 光る


   【坂村真民(さかむら・しんみん)】
     明治42年、熊本県に生まれる。90歳を超えた今もなお、
     仏教精神を基調とした人間に対する深い自愛に満ちた詩を
     作り続ける祈りの詩人。

2006年11月27日

Heart Art

あわただしい日々だから、心の琴線が揺れる瞬間をたくさん持ちたい。
刺激と感動は,みずみずしさを失わないための大切なスパイスだから・・。
素敵な小説や映画、絵画や音楽。
ときめきをくれた作品を紹介していきたいと思います。


 【 雪の華 】    作詞:Satomi 唄:中島美嘉

宿どる.jpg

のびた人陰(かげ)を舗道に並べ
夕闇の中をキミと歩いてる
手を繋いで いつまでもずっと
そばにいれたなら、泣けちゃうくらい

風が冷たくなって 
冬の匂いがした
そろそろこの街に
キミと近付ける季節が来る

今年、最初の雪の華を
2人寄り添って
眺めているこの時間(とき)に 
シアワセがあふれだす
甘えとか弱さじゃない 
ただ キミを愛してる
心から そう思った

キミといると どんなことでも
乗りきれるような気持ちになってる
こんな日々が、いつまでもきっと
続いてくことを祈っているよ

風が窓を揺らした
夜は揺り起こして
どんな悲しいことも
ボクが笑顔へと変えてあげる

舞い落ちてきた雪の華が
窓の外ずっと 
降りやむことを知らずに
ボクらの街を染める
誰かのために何かを
したいと思えるのが
愛ということを知った

もし、キミを失ったとしたなら
星になってキミを照らすだろう
笑顔も 涙に濡れてる夜も
いつも、いつでもそばにいるよ

今年、最初の雪の華を
2人寄り添って 
眺めているこの時間に 
シアワセがあふれ出す
甘えとか弱さじゃない 
ただ、キミとずっと 
このまま一緒にいたい
素直にそう思える

この街に降り積もってく
真っ白な雪の華
2人の胸にそっと思い出を描くよ
これからもキミとずっと・・・

歩道橋の雪だるま.jpg

初雪。

今年初めての雪って、なんとなくロマンがあります。
韓国では好きな人と一緒に見ると結ばれると言うとか・・・。

ずっと一緒に、と祈る気持ちは
真っ白な雪にふさわしい感じがします。

溢れる想い
溶けゆく想い
積み重ねる想い。


今年の初雪はいつかしら・・・。


美術館を出てきたら雪が降っている情景

そんな夢を見ました。


 

2006年11月21日

Diamond Diary 48

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2006.11.21  〜 あなたの部屋はあなた自身である! 〜   

来月が12月だなんて、どう考えてもどこかに1ヶ月忘れて来たみたい。
・・・毎年そんなことをいっている気がしますが、今年は特に早かった!
なんだか温かい気候のせいもあって、師走になる気がしません。

それだけ 今年も充実していたのでしょうか?

リビング.jpg

さてさて、忙しさにかまけて長い間放置されていた家のあちこち。
先日来、体調を崩して家にいる時間が長かったおかげで、
家のいろんなことが気になり始めました。

そして、めぐり合ってしまった本が

『「そうじ力」であなたが輝く! 幸運を呼び込むかんたんな魔法』
                         舛田光洋 (総合法令)

サブタイトルが・・・

 【あなたの住む部屋があなた自身なのです。】

ひゃ〜って感じでした!
でも言われてみればその通りなんですね。

自分を大切にするというのは衣食住バランスよく大切にできてこそです。
どうでもいいや、と言う気持ちは、いろんなところにでちゃうものです。
ストイックにならずとも、自分らしい部屋に心地よく住みたい♪


さてさて、我が家の実情は・・・
とりあえず生活には支障がない程度に片付いている。
しかし
キッチン:余分なものが多い。
冷蔵庫内:もったいない病でいろんなものを保存しすぎ。
クローゼット:購入した時の価格がちらついて処分できない服が占領。
子供部屋:思い出の品が多すぎる。あれもこれも。
本も山済み・・・会社にも家にも。
つい買い込んでしまった趣味のグリーティングカードも膨大な量に。
トランクルームは、子供達の小さなスキーやブーツがそのまま放置。

完璧な『捨てられない症候群』ですよ〜。。。

もったいないからモノを大切にする、のはいいことだけれど
それをきちんと利用してこそ意味がある。
もったいない、を大義名分にして溜め込むのは論外だと書いてあります。

ああ、耳が痛い。。


★捨てるためのコツ★

1:まずは「もったいない」という言い訳を捨てる!

2:処分できない時、もったいないな〜と思ったら要注意!  
本当に必要かどうか考えて、必要でなければ即捨てる。

3:「いつか誰かにあげよう。」はNG。 
その場で誰にいつあげる、と決められないものは結局誰にもあげられない。

4:過去の栄光は捨て、今に生きる。
なかなか出来ないことですが、今の自分にスペースを用意する感覚で!
思い出は心にちゃんと生きているので、モノは捨てても大丈夫!

いいこと書いてあります。。なるほど納得。

納得したら、実行あるのみ。
さあ、捨てるぞ〜!!


まず取りかかったのは靴! かなり処分しました♪
もうはかないと思われる靴。小さくなった靴。
いえ靴が小さくなったりはしません・・・足が大きくなったのです。
長男が30cmで落ち着いたら、次男は今3ヶ月ペースでサイズUP。
夏休み前には22.5cmだったスパイクが、今23.5cmまできてる。
あ〜。もったいないけど仕方ない・・・。纏足にするわけにもいくまい・・。


次に本。
どうしても手元に置いておきたい本だけ残して処分。
今我が家の廊下には、BOOK OFFに行く本が、ズラっと並んでいます。
今週末、引き取りにきてもらう約束。


服は気が遠くなりそうなので 12月になったら手をつけます。


キッチンは、毎日、テーマを決めて処分します。
昨日は、調味料。
スパイスラックにあっても、使いそうもない香辛料は捨てました。
(余談ですが、こんなことわざがあります。
  『男は書棚、女はスパイスラックを見ると中身がわかる!』)

キッチン.jpg

今日は、紙袋やビニール袋を捨てます。
買い物のたびに案外たまるものですね〜。
かわいい紙袋などもつい何かに使える? と思ってとってありますが
結局、使うことって、ほとんどありませんでした。
これからも 使うこと、多分ないでしょうね。

・・・・なんだか地球の環境や資源とか考えると
本当に無駄に使っているものが多すぎることを痛感します。
どうしたらいいのでしょう。


モノを捨てた後は 汚れを取り除く。
そして、磨いたのちに、清める・・・それで大掃除は完了です!

初めから「大掃除!」と思うとハードルが高いのですが
捨てる!のは結構気持ちいいし、始めてみると調子に乗ります〜♪

メールのファイルもかなり整理しました!

あとは、目に見えないもので溜め込んでいるものも
少しづつ排除して2007年はすっきりスタートしてみようっと。

あと40日ね。
信じられな〜い♪

サンタ犬.jpg

あなたは、どんな気持ちでクリスマスを、新年を迎えたいですか?

2006年11月17日

恋愛Concierge 16

  Interlude     〜間奏曲 〜

   人生は間奏曲のようなもの
        生と死の間に奏でる愛の歌

ヒルズ.jpg

秋晴れの土曜日。

久しぶりに待ち合わせをしてランチをする。
「ビルの中庭でね」という待ち合わせの約束。
時間通りに着いて、お互いに携帯で確認する。
「今 どこ?」

私は中庭の入り口
彼は中庭を見下ろせるテラスにいた。

彼を見つけて手を振る。
「ここよ!」
彼の満面の笑みを見て、私の体中の細胞がはしゃぎだす。

彼を脅かそうと、テラスから降りてくる階段の下に隠れる。
彼は さっきの場所にいない私を探して見回す。
「こ〜こ!」。
そんな子供じみた、ばかげたことが好きだ。
それを普通に驚いたり、喜んだりする彼が大好きだ。


会わなかった間に決めた私の気持ちはすでに伝えてある。
「恋は横において、楽しいアイダガラでいましょう。」


ずっと彼が好きだった。

一目ぼれ、というのだろうか?
彼の顔や姿が好きだと思ったわけではないけれど
出会った日から、ずっと目が離せなかった。
彼は彼で、同じような印象だったらしい。

友人の集まりや、仕事のちょっとしたつながりにかこつけて
なんとなく定期的に、楽しく会うようになった。

趣味のひろい彼の話はいつも私を退屈させなかったし
デートの時のエスコートぶりは、とても紳士で気持ちよかった。
たいてい、可愛いお花をくれた。
いろいろ詰め込んだ私の重いバックを持ってくれた。
ちょっとした段差でも、さっと手を差し伸べる。
レストランでの振舞いも支払いもさりげなくて洗練されている。

そういえば、出会って2度目のデートでプロポーズされた。

普通だったら怒り出すところだ。
・・・なぜなら、彼は既婚者だから。

適齢期のお嬢さんだったら、とんでもない話だろうけど
40を前にして、一度結婚も経験している私にとっては
逆に 結婚という二文字がとてつもなく遠い話のように感じた。

私に、怒り はなかった。
どういうこと? あなたは結婚してるじゃないの?
・・・そんなこと、どうでもよかった。ただ、なんだか嬉しかったのだ。
「そんなに好きになってくれてありがとう。」そんな気持ちだった。

デザート.jpg


たくさんではないけれど、会った時の思い出は忘れていない。
何を話して、何を聴いたか。 何で笑って、何を食べたか。

ふんわり、ほわっとした間柄・・・。

彼は何も望まない。
私も何も望まない。

不思議なめぐり合わせでお互いの人生に登場しあえた事を
喜んで、楽しんでいるだけで幸せだった。
つかの間、ときめく時間。
人生は、そのものがつかの間だと知っている二人。



                  
3年前の冬の入り口。

日の出桟橋から水上バスに乗って、浅草に行った。
隅田川の両岸にはサクラの木が、葉を落としかけていた。

クイズ好きの二人は何かのクイズをして、私がとんでもなく答えを外すと
呆れたように、それでいてそんな私をいとおしそうに笑顔で包む彼がいた。

浅草につくと、人力車のお兄さんに声をかけられる。
「記念に乗りませんか?」
顔を見合わせて、乗ろうか?・・・
「初めてのデートなんです。」と言うと
「写真を撮りましょうか?」と気を利かせてくれる。
でも、写真は撮らない。

なんだか知らない土地に旅行に来たみたいな気持ち。
隣に寄り添う感覚。ひざにかけられた毛布の下で手をつなぐ。

ぐるりと浅草を案内されて、浅草寺の境内で終点。
5時を回った頃なのにすっかり日が落ちて、空は薄暮から群青色へ。

あの時の空のグラデーションはまるで、釘付けになった名画のように
脳裏に焼きついている。

仲見世から一歩入った薄闇の境内は人影もまばら。

後ろからゆっくり彼の腕が私を抱き寄せる。優しく、けれどしっかりと。
時が止まり、世界中の流れがそこを中心に回っているように感じた。

笑って「やめてよ〜」と言えない空気。

目を閉じてうつむいて、動けなくなった私。
今、3センチふりむいたら始まる世界。
行ってはいけない世界。
ちょうどいいふんわりの間柄を壊しちゃだめ。

止まった時間の中で、密度の濃い思考の渦に落ちていく。

このまま、このまま、このまま。

これ以上でもなく、後戻りでもなく。  このまま。

そう決めた。
だから、振り向いてはいけない。振り向かない。


あれから、ずっと上手に3センチを守ってきたのに。
・・・時々、何かのいたずらで、風が変わった。

魂の震える音楽のせいで。
 綺麗すぎる満月のせいで。
    泣きたいほどの星空のせいで。

何も望まなかった彼が、一緒にいる時間を多く望むようになり
私も、また、それに応えることを望むようになった。

それでも、一緒の時間は何も変わらない。
他愛のない冗談や即興演劇のまねごとで笑い転げる。
子供の頃のイタヅラ話や、くだらない自慢ごっこで、また笑う。

ほんの少しだけ違うのは
別れ際の抱擁が、家族のような抱擁ではなく
恋人のような抱擁になった、ということ。


真夏の空にほどけた3センチの決意は
それでも秋の空に、とどまる運命だった。

人生は実験?
人生は本番?
人生はクイズ?

面白がっていた間奏曲のような恋はもうすぐ終わる。


彼の難しい身の上と
私の難しい身の上が
いつのまにか、楽しさに比例して苦しさをもたらしていたから。

笑ってばかりの時間だけれど
楽しさと苦しさが反比例ではないことが
唯一 それが真実の恋だったといっている。

グラス.jpg

秋晴れの土曜日。

久しぶりに待ち合わせをしてランチをする。
階段を弾む足取りで下りてきた彼。

笑顔で近寄る私。

メニューを選ぶ彼の薬指に、痛いほどの決心を見た。
これ以上君を苦しめない事を約束するよ、というリング。


相変わらず笑い転げた楽しいひととき。
別れ際の抱擁をしなくなった二人は、それでも幸せをかみしめて、
別々の道を帰っていった。


クリスマスのイルミネーションが寒さに震える頃
私はもう少し遠くなるかもしれない。


星になっても
空に溶けても
変わらない。

ここにいて
あなたを見ている。


最初から 行き先の違う二人だからね。

クリスマス.jpg

・・・a brief interlude of love between birth and death.・・・


2006年11月14日

Life Design

 【 しなやかにキャリアを考える 】

キャリアカウンセリングの講義の中で出会った
『Planned Happenstance』(計画された偶発性)という理論があります。
(1999年にスタンフォード大学のクランボルツ教授が発表しました。)

クランボルツは変化の激しい時代にそって、従来のキャリア理論にはない
新しい視点から、次のように言っています。

「個人のキャリアは偶然に起こる予期せぬ出来事によって決定されている事実があり、その偶発的な出来事を、主体性や努力によって最大限に活用し、力に変えることが出来る。
偶発的な出来事を意図的に生み出すように積極的に行動することによって、キャリアを創造する機会を生み出すことが出来る。」
note.jpg

従来の理論では、
「人は自分では選ぶことが出来ない遺伝的特性や経済的・文化的状況の中に生まれ、多くの予期せぬ出来事によって、肯定的、または否定的な経験を重ね、それによって学習して信念や価値観を形成する。
そして、キャリア形成のためには、未決定事項をなるべく減らしていき、個人の特性と職業の特性を一致させることが望ましい。」とされていました。

クランボルツの新しい視点は 未決定事項を抱えた状況を【望ましくない】とは捕らえずにむしろ、学習のための必要な時期と捕らえ、その大事な時期にこそ、キャリア形成のチャンスがある、というものなのです。


◎予期せぬ出来事を学習のチャンスと捕らえ、積極的に行動する。
◎失敗を恐れずに、失敗から学ぶこと、試行錯誤をし続ける。
◎未決定事項は望ましくないと考えずに、学習のための必要な時期ととらえる。
◎いつも心をOPENにして好奇心をもち、飛び込んでくるものをキャッチする。
◎何よりも待っている姿勢ではなく、積極的に具体的に行動すること。

そのために必要なのは
1:好奇心を持っていること   
自分にむけて、また外にむけて、アンテナを敏感に♪
2:持続すること   
あきらめないこと。成功するまで続ければ必ず成功するという法則♪
3:柔軟でいること   
しなやかに変化に対応すること♪
4:楽観的に考えること
どんなことにも学びはあるさ、と脳天気になること♪
5:リスクを怖がらないこと   
やらない後悔よりやって失敗したほうが宝を得る♪


複雑で予測が困難な現代、個人の状況も本人の意思とは別に変化することも多々ありますし、キャリアに限らず、プランというものは計画通りに進まないことがよくあります。
  
もちろん、きっちりキャリアプランを立てることが悪いわけではありません。
一般的にはこんな流れでしょうか・・・。
自己分析→スキルの棚卸し→ビジョン設定→プランの立案

けれど、何をしたいかわからない、環境が変わるかもしれないなど、
漠然と未決定事項が多い時にはクランボルツの理論は勇気づけられます。

特に結婚や妊娠、夫の転勤などで環境が変化しやすい女性にとっては
しなやかにキャリアを考えられると、より可能性がひろがると感じます。

私自身は仕事を再開してから約10年が経ちます。
もちろん、当時クランボルツの理論はなかったし、あったとしても
知るような環境にはいませんでした。(専業主婦でしたから)
そしてキャリアを作ろう、なんて考えてこともありませんでした。

ただ、自立したかった。
なんでもいいから仕事をしたかった、外へ出たかったのです。


たまたま【子供がいても出来る仕事】という制約、
【何が出来るかわからない】という未決定事項、
だからこそ、めぐってきた仕事が貴重で、失敗も成功もなかったことが、
今の仕事へのきっかけを作ってくれたといえます。

その時々に偶然ともいえる人との出会いがあって今に至っています。

仕事がしたい一心で一歩踏み出したところから、
ママ友達からの情報で、美容学校へ行くことになる。
美容カウンセリングになんとなく不毛なものを感じているときに
たまたま見た新聞の見出しで「答えはその人の中にある!」という
コーチングを知り、たまたま友人がコーチングのコースに誘ってくれた。
そしてその仲間との出会いで次々に挑戦する場を得てきました。

初めから今の仕事をイメージしていたわけではなく、
仕事や生きがいとして『女性が輝いて生きることを応援したい』という
目的を感じたのはここ2年ほどのことです。

そして、ここから先に、どんなふうにやりたいことが変化し、
誰と出会って、何が起きるか・・・わくわくしています!

20代、30代の女性によくみられる愚痴ですが、
  私なんか何もできない。
  自信がない。
  だって結婚するかもしれないし。
  子供が生まれたら仕事できないし。
  漠然と不安。
  キャリアも結婚も両方ほしい。
  自分にとって何が大切かわからない。

全部そのまま、「大丈夫!」と言ってあげたいです。
コツはただひとつだけ、積極的に人と会うこと。
どんどん、いろんなところに顔を出すこと。
合コンよし、セミナーよし、三日坊主の習い事よし。

それがモノになるかどうか、なんて関係ないです。

そこで感じたことや、会う人が、未知の可能性への扉なのだから。
行くこと、やってみることで、自分にOKを出してあげましょう。

そして、何が成功かなんて、人が決めることじゃない。
そもそも、勝ち組ってなに?
そんなことはもうすでに廃れつつあると感じますが、
人が決めた成功の絵は何の意味もありません。

自分がすっきり納得していれば、それが大成功だと思います♪

しなやかにキャリアを考える・・・そんなことを気づかせてくれた
素敵な本を紹介します。

所由紀さん著 (経済界)
『偶キャリ』 ・・「偶然」からキャリアをつくった10人・・
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キャリアに不安やプレッシャーを感じている人、キャリアを考えたい人に
是非読んで欲しい本です。


プロローグより・・・

 自分自身のキャリアを考えることはもちろん悪いことではない。しかしキャリアを「勝ち」「負け」で考える風潮や、マニュアルに頼った“キャリアづくり”に、私は強い抵抗感と危機感を覚えるのである。

 キャリア〜職業生活を中心とした人生と置き換えてもよい〜はゲームでもなければ、戦いでもない。一日一日を精一杯生きた結果として、後からついてくるものだ。少なくとも、そのような“勝負ではないキャリア”があってもいいはずだ。

 「何がやりたいか」、「何がやりたくないか?」は実際にその「何か」と出会ってみて、初めてわかるところがある。「“良いキャリア”とは何か」を考える前に、とりあえずキャリアの一歩を踏み出すこと。自己分析や自分のスキルの棚卸しばかりしていても、肝心のキャリアはスタートしない。

 キャリアとは将来を見据えてきちんとプランニングしたり、デザインしなければならないものなのか。そうでなければ幸福な人生を送ることができないのか。


・・・所さんは、ご自身のキャリアを振り返り、

「人生を計画的・意図的にデザインしたことは一度なく、その時々に自分が興味を持ったほうの歩いていったらたまたま自分にフィットした。絶対にやりたくない、物を避けてきたらここにいた。」と書いています。

本文では、【偶然から就いた仕事で活躍をしている10人のキャリア】を
所さんが取材しています。

10人に共通しているのは、行き当たりばったりの偶然を待つのではなく
アンテナと直感を磨き、そこにかかったものを信じて行動すること。

10人の実体験を通して、『計画された偶発性』がどんな感じなのか、
とてもわかりやすいと思います。


そんな素敵な視点「しなやかにキャリアを考える」をくれた所さんの
ワークショップがあります。

興味のある方、是非参加してみてください。

【11/23 14:00〜17:00  恵比寿にて  無料】
詳細→ http://www.crecom.jp/info/index.php

自分の体験から、就職・結婚・子育て・仕事復帰・・・
女性が、本当に納得できる選択をして、自分らしく輝いて生きるには、
様々な課題があると痛感しています。

けれど「どう生きるべきか?」ではなく「どう生きたいか?」
このシンプルでパワフルな視点を得てからは、とても楽に選択できるように
なりました。

しなやかさはどんな時にも対応できる強さ。
竹のようにしなって戻る柔軟さを持って、生きたいように生きる。

こうでなければ、の思い込みが比較的多い気がするキャリアデザインに
そんな柔らかな視点を持っていただけたら・・と思います!
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2006年11月07日

Diamond Diary 47

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2006.11.7  〜 天使の梯子(はしご) 〜   

日曜日の午後、東京、五反田にて。
天使のはしご 002.jpg

荘厳な空だった。
天使の梯子が太陽の周りに四方にかかり
空と雲と光と影が織り成す交響曲に、興奮して浸っていた。

ふと、我に返って、デジカメを撮りに行く。
空仲間にメールを送る。
『今、空、見れる?』


そして、バッハのオルガン曲をかける。
こんな空にはオルガンが似合う。
トッカータとフーガ ニ短調、
主よ、人の望みの喜びよ・・・。


  もしも楽器がなかったら
  いいか、おまへはおれの弟子なのだ
  ちからのかぎり
  そらいっぱいの
  光できたパイプオルガンを弾くがいい・・・
   (宮澤賢治 告別 より)


天使の梯子・・・いつ、この名前を知ったのだろう。
村山由佳さんの同名の小説があるけれど
ずっと前から、雲間から射す光の帯を天使のはしご、と呼んでいた。
だから、表題に惹かれて小説を読んだ。
小説の冒頭に載っているのが宮澤賢治の詩で
ここからぐっとひき込まれて一気に読んでしまった。

小説の紹介はまた今度に。
この秋公開の映画『天使の卵』の続編にあたるので
映画も観てみよう。


今日は天使の梯子にまつわる
ちょっと悲しい、でも、今ではそれをお話にできる『お話』。

天使のはしご 005.jpg

あの光の帯が空と地上つなぐとき
亡くなった身体がのぼっていって天使になる。

まだ羽をもらえない天使が、降りてきて 
会いたい人に会いに行く。

・・・宗教画などでも、見られる構図です。


12年前たった2歳で神様のもとに召された命がありました。
一瞬の事故です。

土曜日のお昼前の出来事。

救急車で運ばれた病院で、すでに命は終わっていました。
その時、母親は病院の窓から空を見ていました。
そして一心に祈っていました。

  まだ連れて行かないで下さい。


多分午後2時過ぎくらいだったでしょうか。

窓から見える空には、荘厳な美しい天使の梯子が降りていました。

  連れて行かないで・・・。


でも、神様は予定通りにかわいい男の子を連れて行かれました。


神様のなさることを感謝して受けるなら・・・
何一つ、無駄なことはない・・。

いつも喜んでいなさい。


聖書の言葉が母親の心に沁みるようになったのは
それから間もなく、でした。


本当は、受け入れることの出来ない現実でしたが
たった2歳で・・・と思うことより
たった2年と決まってもらった命を、
自分のもとで過ごしてくれたことを喜ぼう、と思ったのです。


母親は人前で泣かないことにしました。
自分が泣くとみんながしずんでしまうからです。

いつも笑顔でいようと思いました。

作った笑顔でも、いつの間にか本当になる、と思ったからです。

人は愚かで弱い生き物です。

でも、無理をすれば、どこかでバランスをとろうと
サインを送ってくれる器(肉体)を授かっています。


長い間、泣くことを自分に許さなかった母親は
何枚も何枚も鎧を着て、がちがちになっていました。

時々、天使の梯子を降りて、逢いにくる男の子は
きっとそんな姿を見たくなかったんだと思います。

いつの間にか、写真の中の笑顔まで、悲しそうに
寂しそうに・・変わっていきました。


母親は、どこかで自分を責めてきました。

 子供ひとり守ってあげられなかった自分が、
 生きて幸せを求めたりしてはいけない。
 心から笑ったりしてはいけない。
 また、ばちがあたる・・・。

たくさんの人の愛で、そんな呪縛をとかれた母親は
今、自分自身の幸せを求めることに、YES を言っています。

かつて、天使の梯子を見るたびに
一人車に閉じこもり、泣き叫んでいた悲しい狂気はおしまい。

今は天使の梯子をこんな気持ちで見ています。
 羽のない天使が会いたい人に会えますように。
 あがっていく魂が穏やかでありますように。
 自分と同じ呪縛をもつ母親に、周りの人の愛が届きますように。

天使のはしご 008.jpg

命の始まりと終わりは、思いがけないものです。

その間に与えられている時間に
心から楽しんで、自分の持つ力を発揮できたら幸せ。

でも、力を発揮しなくても
自分に何が出来るかなんてわからなくても
・・・何もしていないようでも
たった2年でも、たくさんのことを教えてくれる命もありました。

生きているだけで、意味がある、ということ。

生きただけで、偉大だということ。


11月とは思えないような暖かな午後。
バッハを聴きながら・・・
今では違う意味で泣かなくなった母親が
いつまでも、いつまでも、天使の梯子を見ていました。


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