2006年09月24日
恋愛Concierge 15
桐生から足利美術館に行くつもりだったのに
なんだか力が抜けて、そのまま東京へ戻ってきてしまった。
ここまでの自分の人生が、急に色を変えて行く。
『いつか、どこかで、また逢える。』
いつしか無意識の谷底で深い眠りに落ちていたその想いが
悠久のときを経て咲いた蓮の花のように鮮やかに甦ったとき
つかの間花開き、再び、無残に散った。
そして、もう二度と咲くことはない。
幸太郎は早稲田の学生で阿佐ヶ谷に下宿していた。
空手やアメラグをやっていた幸ちゃんは、当時にしては目立つ体格で
どこへ行っても花形になるタイプだった。
桐生の大きな商家の長男だということしか知らなかったが
いつも実家から戻ると、綺麗な色のスカーフやショールをくれたから
桐生の織元なのだろうと思っていた。
学生同志の付き合いながら真剣だった。
初めての恋愛だったし、本当に好きだった。
もちろんお互いに結婚しようと決めていた。
ところが、自分の両親は早くに亡くなっているし
親代わりに育ててくれた姉はもうすぐアメリカへ行ってしまう。
アメリカへ発つ前になんとか妹を嫁がせようと相手を探している姉に、
幸ちゃんとの結婚の意志を伝えたとき、猛烈な反対を受けた。
幸ちゃんはまだ学生であるし、大きな商家とは釣り合わないから
あなたが苦労するだけである。
幸ちゃんはあきらめて、私が決めた人と結婚するように、と。
家を出ることやらいろいろ悩んだ挙句、
結局は親代わりの姉に逆らうことはできなかった。
死ぬ思いの日々が続いた。
・・・そして月日は流れて、その時に結婚した伴侶もなくなった今。
急に思いたった。
桐生に行ってみよう。
いつ死ぬかわからない人生。
一つだけ、思い残していることが、幸ちゃん。
好きだった幸ちゃんの生まれ育った町。
今はきっと家業を継いで立派になられたことだろう。
町の人に噂の一つでもたずねてみようか。
そんな気持ちだった。
当時の話では
田中家の土地を通らないで桐生を歩くことはできない、
というほどの名家だったらしい。
きっと行けばわかる。
桐生駅におりてタクシーに乗る。
「昔からの織元で田中さん、というお宅はありませんか?」
行けばすぐにわかるような気がしていたのだが、
「今は織元もほとんど残っていないからね、少しあたってみましょう。」
タクシーの運転手さんは、何軒か、心当たりを回ってくれた。
旧家と思われるお土産もの屋、草木染の専門店・・・。
わかる人は誰もいない。
ずいぶん回ってもらって、運転手さんにも申し訳なくなってきた。
「ありがとうございました。もう、いいです。
きっと昔のことなので私も勘違いしているのかも知れません。」
もう時が経ちすぎた・・・。
駅に戻ることを決め、喫茶店の前で降ろしてもらった。
駅前に1軒しかない喫茶店は、お休み。
他に見回しても何のお店もない。
少し歩いて広い道に出る。
いくらなんでも喫茶店くらいあるだろう。
洋品店があいていたので、お茶を飲めるところがないか聞いてみる。
そこから少し行くと、多分開いているはずの喫茶店があるという。
その喫茶店は、タイムトリップしたようなレトロな雰囲気のお店だった。
入り口に比べて奥は、かなりゆったりしている。
グランドピアノがあり、その周りにはジャズのLPジャケットがつまれている。
黒人のジャズシンガーたちの写真や昔のポスターなども飾られている。
入り口近くにはお葬式帰りらしき喪服のグループが座っていたので
奥の席に腰掛けた。
お水を運んできた若い女性に、尋ねてみる。
「このお店は古くから?」
「はい。よくわかりませんがずいぶん昔からあったみたいです。
マスター呼びますか?」
「そうですか、ちょっとお尋ねしたいことがあって、東京からきたんですよ。」
しばらくすると店の主人らしい男性がコーヒーを運んできた。
「何か?」
「ええ、昔の知り合いを訪ねてきたんですが、多分織元じゃないかと思って。探したんですけど、田中という織元はないらしくて・・」
簡単に幸ちゃんのことを話してみたものの、やはり思い当たらないという。
もうあきらめよう。
それはそうだ。
たったそれだけの情報で、解ると思っていたほうがおかしいのだ。
ここまできたのだから足利美術館で銘仙や有田焼を見て帰ろう。
電車の時間を調べてもらうと、まだ小一時間ある。
店の主人は
「せっかくいらしたのにすみませんね。時間までゆっくりしていてください。」
気の毒そうに言うと、コーヒーのお代わりをカップに注いでくれた。
入り口にいた喪服のグループが帰っていく。
その中に一人だけ喪服ではない男性がいたが、皆と一緒には帰らず
席をカウンターに移し、店の主人と話をしている。
しばらくすると、こちらを見て、近づいてくる。
「田中幸太郎なら僕の兄貴と同級です。」
聞けば、その方も早稲田にいらしていたとか。
「そうですか。今どうしていらっしゃるかと思って、なんだか懐かしくて来てみたんです。立派になられたでしょうね。」
「ご存知じゃないんですね。
幸太郎さんは、大学卒業の直前に葉山で交通事故で亡くなったんですよ。」
え・・・? 何て・・・?
絶句した。
うそ、そんなこと。
あれからすぐ、すぐに死んじゃったって言うの?
嘘。嘘。
その方はしばらく田中家のことや今はご商売を継いでいる弟さんのことを
話してくれた。
ショックです、とも言えず、そうだったんですか、というのが精一杯だった。
何を話したかわからないまま駅に行き、東京に向かっていた。
いつか、どこかで、きっと、また、逢える。
そう思うことであきらめてきた想い。
涙がとめどもなくあふれてくる。
幸ちゃん。
なんで死んじゃったのよ。
もう、この空の下にいないなんて。
どこを探しても逢えないなんて。
結婚して子供を育てて、孫を抱いて。
この40年、それなりの幸せが私にあったように
あなたにもあってほしかった。
何の喜びも知らず、死ぬ想いを抱えたまま本当に旅立ってしまったの?
どんな想いで・・・。
心の中で手を合わせる。
幸ちゃん、今まで放っておいてごめんなさいね。
きっともう、ちゃんと天国に行ってるわね。
もう一度、逢いたかった。
いつかどこかで、逢えると思ってた。
こんな形だけど、今日逢えたのかもしれない。
あのときのままの幸ちゃんと
こんなにおばあさんになっちゃった私では
もう、おかしいわね。
幸ちゃんが生まれ変わって幸せでいますように。
今度はちゃんと幸せでいてくれますように。
あまりのショックで誰にも話せなかった。
でも、もうしかたないこと だと思って。
いえ、そう思うようにしようって。
逢いたい人には逢わないとね。
死んじゃったら、何をどうしたって
逢えないんだからね。
逢ったほういいのよ。
無理しないで。
いつかどこかで、なんて
待たなくていいのよ。
でも、我が人生に悔いはない、わ。
おかげであなたに会えたんだから。

そういって、さわやかに笑った母の横顔を
久しぶりに、きれいだ、と思った。








