Chocolate Avenue
プロフィール
プロフィール
主催:小巻亜矢
東京都生まれ

大学(法学部)卒業後、上場企業に就職。結婚、退社、出産を経験する。
その後、美容の世界への興味から、美容専門学校にて皮膚理論、エステティック、カウンセリング、アロマテラピーを学ぶ。若い女性を支援するネットワークを構築するなど、幅広い活動の中で、コーチングに興味を持ち、現在は子どもの夢を応援するハロードリームプロジェクトをはじめ、親子・子ども・女性対象のセミナーを中心に活動中。
米国CCC,Inc.認定GCDF-Japan キャリアカウンセラー ・米国CTI認定コアクティブコーチングコーチ

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2006年09月24日

恋愛Concierge 15

  SOME WHERE IN TIME      〜逢いたくて〜


桐生から足利美術館に行くつもりだったのに
なんだか力が抜けて、そのまま東京へ戻ってきてしまった。

ここまでの自分の人生が、急に色を変えて行く。


『いつか、どこかで、また逢える。』


いつしか無意識の谷底で深い眠りに落ちていたその想いが
悠久のときを経て咲いた蓮の花のように鮮やかに甦ったとき
つかの間花開き、再び、無残に散った。

そして、もう二度と咲くことはない。


幸太郎は早稲田の学生で阿佐ヶ谷に下宿していた。

空手やアメラグをやっていた幸ちゃんは、当時にしては目立つ体格で
どこへ行っても花形になるタイプだった。

桐生の大きな商家の長男だということしか知らなかったが
いつも実家から戻ると、綺麗な色のスカーフやショールをくれたから
桐生の織元なのだろうと思っていた。

学生同志の付き合いながら真剣だった。
初めての恋愛だったし、本当に好きだった。
もちろんお互いに結婚しようと決めていた。

ところが、自分の両親は早くに亡くなっているし
親代わりに育ててくれた姉はもうすぐアメリカへ行ってしまう。

アメリカへ発つ前になんとか妹を嫁がせようと相手を探している姉に、
幸ちゃんとの結婚の意志を伝えたとき、猛烈な反対を受けた。
幸ちゃんはまだ学生であるし、大きな商家とは釣り合わないから
あなたが苦労するだけである。
幸ちゃんはあきらめて、私が決めた人と結婚するように、と。

家を出ることやらいろいろ悩んだ挙句、
結局は親代わりの姉に逆らうことはできなかった。


死ぬ思いの日々が続いた。

・・・そして月日は流れて、その時に結婚した伴侶もなくなった今。

急に思いたった。

桐生に行ってみよう。

いつ死ぬかわからない人生。
一つだけ、思い残していることが、幸ちゃん。


好きだった幸ちゃんの生まれ育った町。
今はきっと家業を継いで立派になられたことだろう。

町の人に噂の一つでもたずねてみようか。

そんな気持ちだった。

当時の話では
田中家の土地を通らないで桐生を歩くことはできない、
というほどの名家だったらしい。


きっと行けばわかる。


桐生駅におりてタクシーに乗る。

「昔からの織元で田中さん、というお宅はありませんか?」

行けばすぐにわかるような気がしていたのだが、
「今は織元もほとんど残っていないからね、少しあたってみましょう。」
タクシーの運転手さんは、何軒か、心当たりを回ってくれた。

旧家と思われるお土産もの屋、草木染の専門店・・・。

わかる人は誰もいない。

ずいぶん回ってもらって、運転手さんにも申し訳なくなってきた。

「ありがとうございました。もう、いいです。
きっと昔のことなので私も勘違いしているのかも知れません。」

もう時が経ちすぎた・・・。

駅に戻ることを決め、喫茶店の前で降ろしてもらった。


駅前に1軒しかない喫茶店は、お休み。


他に見回しても何のお店もない。


少し歩いて広い道に出る。
いくらなんでも喫茶店くらいあるだろう。

洋品店があいていたので、お茶を飲めるところがないか聞いてみる。

そこから少し行くと、多分開いているはずの喫茶店があるという。

その喫茶店は、タイムトリップしたようなレトロな雰囲気のお店だった。
入り口に比べて奥は、かなりゆったりしている。

グランドピアノがあり、その周りにはジャズのLPジャケットがつまれている。
黒人のジャズシンガーたちの写真や昔のポスターなども飾られている。


入り口近くにはお葬式帰りらしき喪服のグループが座っていたので
奥の席に腰掛けた。

お水を運んできた若い女性に、尋ねてみる。

「このお店は古くから?」

「はい。よくわかりませんがずいぶん昔からあったみたいです。
マスター呼びますか?」

「そうですか、ちょっとお尋ねしたいことがあって、東京からきたんですよ。」

しばらくすると店の主人らしい男性がコーヒーを運んできた。

「何か?」

「ええ、昔の知り合いを訪ねてきたんですが、多分織元じゃないかと思って。探したんですけど、田中という織元はないらしくて・・」

簡単に幸ちゃんのことを話してみたものの、やはり思い当たらないという。


もうあきらめよう。

それはそうだ。
たったそれだけの情報で、解ると思っていたほうがおかしいのだ。

ここまできたのだから足利美術館で銘仙や有田焼を見て帰ろう。


電車の時間を調べてもらうと、まだ小一時間ある。

店の主人は
「せっかくいらしたのにすみませんね。時間までゆっくりしていてください。」
気の毒そうに言うと、コーヒーのお代わりをカップに注いでくれた。


入り口にいた喪服のグループが帰っていく。

その中に一人だけ喪服ではない男性がいたが、皆と一緒には帰らず
席をカウンターに移し、店の主人と話をしている。


しばらくすると、こちらを見て、近づいてくる。

「田中幸太郎なら僕の兄貴と同級です。」

聞けば、その方も早稲田にいらしていたとか。


「そうですか。今どうしていらっしゃるかと思って、なんだか懐かしくて来てみたんです。立派になられたでしょうね。」

「ご存知じゃないんですね。
幸太郎さんは、大学卒業の直前に葉山で交通事故で亡くなったんですよ。」


え・・・? 何て・・・?

絶句した。


うそ、そんなこと。

あれからすぐ、すぐに死んじゃったって言うの?
嘘。嘘。

その方はしばらく田中家のことや今はご商売を継いでいる弟さんのことを
話してくれた。


ショックです、とも言えず、そうだったんですか、というのが精一杯だった。
何を話したかわからないまま駅に行き、東京に向かっていた。


いつか、どこかで、きっと、また、逢える。
そう思うことであきらめてきた想い。


涙がとめどもなくあふれてくる。


幸ちゃん。
なんで死んじゃったのよ。


もう、この空の下にいないなんて。
どこを探しても逢えないなんて。

結婚して子供を育てて、孫を抱いて。

この40年、それなりの幸せが私にあったように
あなたにもあってほしかった。

何の喜びも知らず、死ぬ想いを抱えたまま本当に旅立ってしまったの?


どんな想いで・・・。


心の中で手を合わせる。

幸ちゃん、今まで放っておいてごめんなさいね。
きっともう、ちゃんと天国に行ってるわね。

もう一度、逢いたかった。

いつかどこかで、逢えると思ってた。

こんな形だけど、今日逢えたのかもしれない。

あのときのままの幸ちゃんと
こんなにおばあさんになっちゃった私では
もう、おかしいわね。

幸ちゃんが生まれ変わって幸せでいますように。

今度はちゃんと幸せでいてくれますように。


あまりのショックで誰にも話せなかった。
でも、もうしかたないこと だと思って。
いえ、そう思うようにしようって。

逢いたい人には逢わないとね。

死んじゃったら、何をどうしたって
逢えないんだからね。

逢ったほういいのよ。
無理しないで。

いつかどこかで、なんて
待たなくていいのよ。


でも、我が人生に悔いはない、わ。
おかげであなたに会えたんだから。

ksmsu.jpg
そういって、さわやかに笑った母の横顔を
久しぶりに、きれいだ、と思った。

2006年09月19日

恋愛Concierge 14

恋はたくさんのギフトを運んでくれる。
こんなに自分を磨いてくれるレッスンはありません。
せっかくのレッスンだから、いろんな角度からみつめてみましょう!

 風味絶佳   〜恋愛曲線を描く〜 

『女の子が「いや」といっても、それは「いい」って言う意味なの。
そう思っていい男の子が女の子にはたった一人だけいるものなの。』

『女の子はSugar & Spice
男は優しさとタフさ、両方なきゃだめ。』

昨日、沢尻エリカ見たさに映画『シュガー&スパイス』を観てきました。
可愛すぎて倒れそうでした(笑)


映画はティーンエイジャーの男の子が恋をして成長していくお話。
そこに夏木マリさん演じる主人公の祖母(グランマ)の生き様が絡んで
結構、深い台詞の行きかう映画でした。
    ・・・・それもそのはず、原作は山田詠美さん!

caramels 小.jpg
悩める男の子にポンとキャラメルを渡し、
「脳の栄養はこれ。 その箱になんて書いてある?」とグランマ。

「『滋養豊富、風味絶佳。』 ・・・まるで・・・ 」
そう、まるで恋。

ほ〜。。。

恋をおすすめしている私でありますが
実のところ、恋が得意というわけではありません。
いえもっと正直に言うならば、非常に恋には不器用なのであります。

ゆえに、たま〜に病気になると苦しみます。

え、もしかしたら恋?

・・・ここからが葛藤物語。

気になる気になる。
夢を見る。
妙に腹が立つ。
何かしてあげたくてたまらなくなる。
でも、だって、無理・・・と言い訳三昧で後ろ向きになる。


さて、そんな私が恋愛曲線 なるものに挑戦してみました。

縦軸はエネルギーレベル。
出会いをゼロにして 上限プラス10 下限マイナス10
横軸は時間軸。

今までの恋愛におけるエネルギーレベルの推移をグラフにするのです。

(恋多き人は巻紙みたいになっちゃうかもです。  それって勲章♪)

・どんな時にエネルギーレベルがもっとも上がっていたのか?

・どんなときにどん底に下がったのか?

・例えば、それぞれの時にどんな出来事があった?

・どんなことを言われた?  

・思い出す光景は?

・季節?

・どん底から上がる時には何があった?

あるいは

・意識的にどうやって底から上がってきた?

・幸せの頂きから降りる時は、何かきっかけがあった?

・スピードは?

女性むけのセミナーの準備で、時々こういうワークを自分でやってみる。
そして、あ、これ使える! とか これは厳しいとか、選択していきます。


この恋愛曲線は【恋の視点で自分の価値観を見ていくワーク】


わかりきっていると思った自分の価値観ですが
意外にも、恋愛においては自分軸がしっかりしていることが判明。

つまりエネルギーが上がる時も下がる時も
相手が何かしたとか、何かされたとかいうのではなく
≪その時の自分が好きか嫌いか≫に かなり左右される。

ケンカしていようと、旨くいかなくなりそうだろうと・・・
その時の自分が納得できていて、颯爽としていればOK。

逆に、物理的に幸せに違いないような状況でも
どこか妥協していたり、何か不自然だと最悪に思えることを発見。

そして、もうひとつ。
うすうす気がついていたけど・・・相手が近くにいないと下がる。
悲しいかな、私の場合、恋は距離と時間を越えないようであった。
(会えない時間が愛育てるのさ♪ ・・これは私にはないみたい・・)


曲線は出会いから上がっていく段階がいちばん楽しい。
ここで上がるためのエネルギー源となるものが相手の魅力!

もちろん人によって違うけれど、例えば容姿、才能、優しさ、財力?
高価なプレゼントが一番のエネルギー源!と言う人だっているはず。

ちなみに私のエネルギー源は 相手に対する尊敬☆ だった。

よって、尊敬できないと思ったら、急降下する〜。
そして、また何かの機会に尊敬を感じるとゆっくり上がり始める・・・。


頂きにいるときは、今が頂き♪ なんて誰も思わない。
もっともっと上にいけると思っているのに
あるとき突然、または、あるときを境になんとなく・・・下がり始める。


でも、絶望することはなくて、下がることがあるからまた上がる!!

それから、怖くても目を開けてしっかり上ってしっかり落ちることが大切。

見て見ぬふりをしていたら、上がる時の景色も見えないし
下がる時のなんともえいえない、せつなさを 逃してしまう。


痛みやせつなさは辛いけれど、風味絶佳には欠かせないスパイスであり
例えば秋刀魚やサザエの肝の苦さ・・・(たとえが悪いかしら?)
おこちゃまにはわからない醍醐味がここにあるわけです。


恋に泣いても笑っても
コートの襟をたてて颯爽と歩きたくなる季節がやってきます。


あなたも恋愛曲線、描いてみませんか?

風味絶佳な恋の浮き沈みを味わうのも悪くない・・・。

一粒で何度もおいしい恋。


やっぱり 春夏秋冬、恋はおすすめ♪

2006年09月11日

Diamond Diary 43

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2006.9.11  〜 切捨て御免!〜   

私、小巻亜矢はご自分と向き合おうとしない方とのお付き合いを
金輪際 いたしません。 御免くださいませ♪

鍵.jpg

親は子供の幸せを賭け値無しに願うから厳しいことを当たり前に言う。

友人でも言いにくい事をズバッと言ってくれる人は貴重だと思う。

では自分は人に対してどうだろう。

多分 周りの人に聞けば 私は優しくて{いい人}。

付き合いもいいし、面倒見もいいと自覚する。

でも、本当に愛があったかといえば 疑問である。

さて この秋。 

私は一大決心をした。

『凄みのある人になる!』

もっと深く、愛を渡せる人になるために
自分と向き合っていない人を許さないことにした。

今までは、
「それはその人の生き方やタイミングだから」と受け入れようとしてきた。

でも、それって限りなく『うそくさい!』


自分と向き合うことなしに絶対に幸せはないのだから。


『食べないと死んじゃう』、ものがあるのを知っているのに
食べたくない、と言ってる人に、「今は食べたくないのね、いいよ!」
とにっこり笑って 殺していることはもうできない。

人生はいつ幕を閉じるかわからない。
時間が無限にあるわけではない。

貴重な人生の一分一秒を無駄にしたくないし
人の時間を無駄に使うこともしたくない。

だから、本当の付き合いのできる人と濃い時間を持ちたい。
そうでない人は、断ち切る勇気を持つ。
あるいは、しばらく フリーズ(冷凍保存)する。

人間関係の棚卸し。
時には必要だ。

私自身のために、関わる人のために、
本当の意味で人生を大切に出来る人になりたい。

心地よいぬるま湯な関係はもう卒業しよう。

今を大切にする、と言うことの意味を履き違えてはだめだ。

今だけが良ければいいのではない。

今が自分の人生にとって最大限に活きる時間になっていること。

それでこそ、今を生きていると言える。

自分と向き合うのはしんどいもの。
誰でも、本音をみるのは怖い。
なぜなら、自分の心の声を聞くと、今までの選択を
否定せざるを得ないこともでてくるから。

職場、家庭、パートナー。
今まで築いてきたものを、簡単に手放なすわけにはいかない。
なので、いまさら、本音など見ないほうが楽にちがいない。

でも、それはごまかしにすぎない。
自分の本音をしっかりみないと、どんな人生が幸せなのかわからないし
デザインできない。

そんなに怖がらなくてもいい・・
自分と向き合うことと 何かを変えることは必ずしも一致しない。

例えば自分の本音と向き合った結果、
今の生活は心から望んだものではない、と気づいたとする。

では、どうしたらこの先幸せになれるか、と考える。

現実を手放すだけがすべてではない。

納得していない、ということを自覚するだけでもいい。

見たくないものが何か、がはっきりするだけでもいい。

その上で、改善できるところに眼が行くだけでも全然違う。


自分と向き合わず、逃げて一生終わったら虚しくはないだろうか?
生かされている意味もない。

せっかく出会った人達に、そんな人生を送ってほしくないのだ。


・自分にとって大切なことは何か? をちゃんと見る。
・大切でないものを手放す勇気を持つ。
・そして何かを少しでも行動してみる。


時に、潔く何かを変えたり、切り捨てたりすると
その直後はえもいわれぬ孤独感が襲ってくることがある。

そんなときは
自分をとことん慈しみ、賛美し、褒めちぎる。
「よくやった!これでいい。よくやった。」と。

そのためには日ごろから自分の全てを受け入れるクセをつけたい。

いやなことを思う自分も
めそめそする自分も
意地悪な自分も、醜い部分も、
ありのままに
「私はこういうところもある人間だ」と認めてあげる。

それでも自分は自分の敵にはならない。
人は自分を嫌いになれない。
激しく嫌っても、それは愛したい気持ちの裏返しにすぎない。

自分を嫌いだとか 自信がもてないという人は多い。
私にもそういうときがある。

でもそう思うときこそ自分と向き合うチャンス。

「嫌い,自信がもてない・・・」
自分を十分みつめているからこそ、そう思うのだ。

そういう時の自分は
好きな自分と今の自分がかけ離れていることを知っている。
今の自分は十分に自分を生かし切れていないことを知っている。

ならば・・・どうしたいのか? に耳を傾けてあげれば
答えはわりと近くにあったりする。


・・・切捨て御免!
これが私が見て見ぬフリをしてきた挙句
もうごまかしきれなくなった本音。


これにて ぐさっと傷つく人がたくさんいるといい。
そして苦しんでくれたら嬉しい。

どうか、わかっているのに見ないで居ることと
真正面から向き合ってほしい。

すべての人生がもっと輝くことを信じて。

私はここで、手を差し伸べないつらさと共にいて、
いつでも心から応援している。

ハート.jpg

これが私の精一杯の愛。


2006年09月10日

Diamond Diary 42

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2006.9.10   〜 きょうの出来事 〜

今日の東京は暑かった。
35度くらいあったのかしら。
この炎天下のもと、次男の野球のお当番で4時間グランドにいた。
練習と試合。
野球少年はよい。大好き。
だから苦にならない。
でも、暑かったし、寝不足だったからクラクラきた。
青空.jpg

その帰り道。

砧から駒沢へ向かう道の途中でハプニング。

50ccに乗った茶髪のお兄さんが怒鳴りながら寄ってくる。

私? 私に向かって何か言ってる。

トランクでも開けっ放しかしら。。と想い、窓を開けると
ものすごい形相で怒鳴られた。
「今ぶつかっただろう、ふざけんなよ。逃げやがって!」・・・。

え? ほんと?
まったく自覚がない。

ぼおーっとしていなかったわけではないので
もしかしたらぶつかったのかもしれない。

そういう時は、だめだと 思いながらも
「すみません」とすぐあやまってしまうのが常だけど
今日は、咄嗟にあやまれなかった。
「本当ですか? どこでですか? 全然気がつかなかったですが・・」

これが相手の怒りに火をつけてしまった。

「ふざけんな、このヤロウ・・さっき曲がるところでぶつかったんだよ!」

曲がってなんかない。道なりにまっすぐ来たのである。

「曲がってませんけど・・・。」

・・・

住宅街の細い抜け道は、次々に入ってくる車でつまってしまった。

「迷惑だから動かしますね。」といって 車を奥の行き止まりまで動かす。
動かしながら、(お金がほしいのかしら)、と思う。

そして、同乗している子供たち(息子とチームメンバーの子供二人)に
「ごめんね。怖くないからね。大丈夫、ぶつかってなんかないし大丈夫。」
と謝って、その男のところに走っていくともう1台バイクが止まっている。

すると、さっきとは別人のように丁寧な態度で
「すみません。つい熱くなっちゃって。あの、僕の勘違いかもしれないんで
もういいです。」
?????

何が起こったんだろう。

もしかしたら観ていた方が、注意しに来てくれたのかもしれないし
友人に何か言われて気持ちが萎えたのかもしれない。


車に乗っているといろんなことがある。

けれど、男の人に「ふざけるな」なんて怒鳴られると、ちょっと参ってしまう。

こわかった。刺される、とか、殴られるとか、一瞬覚悟したもの。

心細くなって、運転しながら涙があふれてしまった。

そして、

『夫がいるっていいな〜』と思った。

こんなとき、何の遠慮もなく電話できるのが夫だ。

仕事中でも、ゴルフの最中だとわかっていても
「今、事故した〜〜」と電話できる。

そうか、何かあったときに自分を最優先してくれるって、
疑いもなく思っていいのが、夫婦なんだ。

「急に入院になっちゃたから、病院まで来てくれる?」
夫でなければ言えないことだ。

夫のある人は、このありがたみが麻痺しているかもしれない。
お互い様ではありますが・・・。


普段は仕事も勉強も楽しくて仕方ないから
強気を楽しんでいるのだけれど、

このところ、人生で実現したいことの一つはパートナーを得ることだと、
はっきりそう思う。

ただ、それが結婚なのかどうかはどうでもいいような気がしていた。


似た価値観を持ち、志を同じくして、共に学び、
共に楽しみ、共に遊ぶ。
必ずしも同居を望まず、それぞれのペースを守る・・・・

そんな関係がいいな〜と思っていた。


でも、 違うかも。


今日のようなハプニングがあると、もろいもろい。
じゃじゃ馬が震えるうさぎちゃんになっちゃうのである(笑)


《ああ、私は守られたいんだな・・》と気づく。
パートタイムではなく 24時間、365日体制で。


夕焼けが胸にしみた。
なんだか泣けて、窓辺でしみじみ泣いてる自分がいた。

茜雲.jpg


今日の空。

昼間は真夏、夜は秋。

変わらないものなんて何もないのね。

2006年09月08日

Heart Art

あわただしい日々だから、心の琴線が揺れる瞬間をたくさん持ちたい。
刺激と感動は,みずみずしさを失わないための大切なスパイスだから・・。
素敵な小説や映画、絵画や音楽。
ときめきをくれた作品を紹介していきたいと思います。


 【 愛する言葉 】  岡本太郎・岡本敏子著  イースト・プレス 

岡本太郎と彼を生涯愛しぬいた女性、敏子の
愛に関する語録です。
男と女の愛の本質を、まっすぐな気持ちで語っています。
2momizi.jpg
すべての言葉を紹介したいですが
特別に響いた言の葉を紹介します。

    「自分が自分自身に出会う、
     彼女が彼女自身に出会う、
     お互いが相手の中に自分自身を発見する。
     それが運命的な出会いというものだ。 」 taro 


「ほんとうは傍にいたい。
二十四時間抱き合っていたい。
でもそれが出来なくても、黙ってその人を信じている。
 その人が世界の中にいるというだけで
 存在が満たされ、磁石の針がぴたっと一つの方向を指すように
 心はその人に向かっている。」 toshiko 

 
    「 激しく自分が惚れていると感じるときは
     相手が裏切ったように見えるときだな。」taro 


「自由である、ということが男の魅力の前提条件だ。」 toshiko 


    「ほんとうに素晴らしい女性というのは
     目ではなく
     心に触れてくるものなんだ。」taro 


「男が自分を縛って
 いじいじと小さくなってしまうくらいなら
 女が半分背負いたい。
 少々無鉄砲で、先の見えないことに飛び込む男でも
 世間では無視して認めてくれないようなことに熱中する男でも、
 やりたいことがあって、眼の光ってる男の方がいい。」 toshiko 

  
    「ぼくがいちばん好かないのは
     “あたしなんか”と言う女性だね。
     屈折している。
     “あたしなんか”といいながら、
     その実、相手に
     “そんなことないですよ”
     といってもらいたいんだ。

     ためらい、投げ出し、
     そしてまともに自分の行為に対して
     悪びれない女性。
     そういう人こそ
     いじらしく、可愛らしく、
     また頼もしい。」 taro 


「素敵な男でなければ
 女はつまらない。
 男をそういう魅力的な存在にするのは、
 じつは女の働き、役目なのよ。」 toshiko 


     「情欲に流されるのはいい。
      だけど、流されているという自覚をもつんだ。
      “愛”の前で自分の損得を考えること自体
      ナンセンスだ。
      そんな男は女を愛する資格はない。」 taro 


「太郎さんが『男女』っていう素敵な字を書いたの。
 男と女がくっついてひとつになっているんだけど、男が上。
 だから「やっぱり、男が上なのね」と言ったら
 「そうだよ、いつだって女が支えてるんだ」って言うのよ。
 ちゃんと、わかってらっしゃる。
 男と女は支えあって生きるのだ。
 ・・・・・ほんとうにそういいきれるパートナーを
 持ちえた人は人生の勝者です。
 何でも出来るの。」 toshiko 


    「男は女性の世界観から
     自分の中に欠落しているものを
     見出すことができる。
     これが喜びであり、救いとなる。

     男性だけの世界観は
     ほんとうのものじゃない。
     女性だけの世界観も
     ほんとうのものとはいえない。
     この男と女がぶつかり合ってこそ
     初めてほんとうの世界観が生まれるんだ。」 taro 



  「いつでも私の胸に倒れ込んできていいのよ。
               私には用心しなくていいの。」 toshiko 
えんどう豆の花.jpg

2006年09月01日

Diamond Diary 41

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。


2006.9.1   〜 二つの椅子 〜

神よ
変えることのできるものについて
それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、
変えることのできないものとを
識別する知恵を与えたまえ。

ラインホールド・ニーバー(大木英夫 訳)

椅子ふたつ.jpg

友人の名刺の裏に、書かれていた言葉です。
その名刺は、その方のお嬢様が書かれたイラストで飾られています。
青空と白い雲、その下に置かれた二つの椅子。

昨日、名刺の整理をしようとして、その裏側が目に飛び込んできました。

そのイラストとニーバーの祈りを見て
『今の私に舞い込んできた!』と感じました。

一瞬、時が止まって、青空の下の二つの椅子には
私ともう一人の私がすわっていました・・・

そして、このところ、いろいろなことでざわついていた気持ちが
すっと穏やかに凪いで行くのを感じました。


こんなにも脳天気な私でさえ、
どうしよう、どうしたらいいの?何から考えよう・・・
と、結構 おろおろ、じたばたするのです。

右の椅子に座った私は冷静な私。
『言いたい事を言ってごらん』と聴いてくれます。

左の椅子に座った私は、ちょっとタメイキをついて沈黙します。

言いたいことを言えていないことに気がつきます。

どうしたいのかわからなくなっている自分に気がつきます。

そして話し始めます。

思いつくままに。

・・・けれど・・・

一人でのこうした語り合い【自問自答】には限度があります。

ゆったりと自分と語り合っても、避けたいことは、避けているし
隠したいことには、覆いをかぶせてしまうものです。


こんな時、私の表情や、言葉の選び方や、間(ま)や、声から
語らないところに何があるのかを、問いかけてくれる人がいたら・・・。

問われたいことが、自分の中で震えているのはわかるのに
自分では手が届かない。

もどかしいから「平気、平気」と、シャッターを下ろしてしまう。

コーチングは、こんなとき、あり難い。

時に鏡のように私のすべてを映し出し
 見たがらないところにも、視線を注ぎ
  限界だと想うぎりぎりのラインを少しずつあげてくれたり。
    気づかずに閉じこもっていた『枠』に出口をつけてくれたりする。

思いがけない答えがみつかったり、新しい自分と出会うこともある。

もうひとつ。

救われるのは、私の『平気』が『強がり』だと気がつく人の存在。

二つの椅子の片方に、いつのまにか居てくれる人。

人は、誰かに大切にされることで元気になるものです。


周りの人の『SOS』に、私はどれほど気づいてあげられるだろう・・・。

笑顔の裏にある哀しみや葛藤に、気づける優しさを持っていたい。


今日から9月。

来週から、コーチングの学びのコースが新たに始まります。

クライアントの奥にあるものに気づく『好奇心』を芯にすえた
コーチでありたいと思います。

そして、そっと隣に寄り添えるよう・・・優しく、強くありたい。
秋の空.jpg
変えることのできるものについてそれを変えるだけの勇気、
変えることのできないものを受け入れるだけの冷静さ。

今、あなたにとって、
『変えることができるもの』は何ですか?
『変えることのできないもの』は何ですか?


Fortywinks