Diamond Diary 39
日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。
8月14日
明日は終戦記念日
小泉首相の靖国参拝問題に端を発して、
戦犯、分祀、合祀、特攻、お国のため・・・
日ごろ聞きなれない言葉が行きかう。
平和が当たり前の日本でぬくぬくと生きていると
戦争の話は、真剣に聴いてはいても、本当に遠い国の物語。
そんな中で、胸に深く刺さるのは、
成人にもならずに命を落としていった若者たちの立派な遺書。
両親に向けて、姉に向けて、想う人に向けて
驚くほど達筆で綴られたそれらの手紙は
ただひそやかに、けれど、ずっしりと、戦争の悲惨さを訴えてやまない。
あるものには、
両親への感謝と、自分がいなくなった後の哀しみを憂い、
「自分は喜んで命を捧げるのだからどうか泣かないでほしい。」とある。
そして、
「九段に来ればいつでも会える。九段にてお会いしましょう。」
と締めくくられている。
【靖国神社 資料 英霊の言乃葉】
http://www.yasukuni.or.jp/index2.html
死んだらそこに行く。
そこに行けば会える。
九段はその方たちにとって特別な場所。
18歳といえば、今の息子の年齢である。
思い描くだけで、体が震える。
万歳と言って送り出した狂気。
もし戦争になったとしても・・・
私はどんな手を使っても絶対に我が子を行かせない。
息子を送り出すことは絶対にできない。
戦後61年たって今でも、肉親を失った悲しみや、
あの時何としても、行かせないことができなかったことへの悔いは
少しも軽減することなく、ご遺族の胸にくすぶり続けている。
インタビューを受けるお年寄りは
「本当にかわいそうなことをした。」と顔を覆い、押し殺すように泣いていた。
もちろん、当時の狂気な世の中で
自分の息子だけを行かせない選択などなかった。
それでも、ずっとずっとご自分を責め続けて生きていらしたのだろう。
死に行くもの、残されたもの
どちらも地獄。
その2つの人生に、微笑みはあったのだろうか。
腹の底から笑うということはあったのだろうか。
逃れられない悲しみを、それでも忘れた一瞬があっただろうか。
生きることを楽しむ・・・
私にとって、当たり前になっていたことが
今日は、限りなくありがたく思える。
この時代に生まれたこと。
今生きていること。
ここにいること。
あり難い。
本当にあり難い。
ここにいさせてくれるすべての奇跡に感謝。


コメント一覧
祈りを捧げて
感謝を捧げて
遠い英霊と
残された全ての人の
心の平安を。
今の自分に出来る
最善の全てを尽くしたい。
投稿者: chiffon | 2006年08月16日 18:34
chiffon
でも、とにかく・・・
ですね。
今の自分にできること
共感します。
どうもありがとう。
投稿者: AYA | 2006年08月18日 10:46