Chocolate Avenue
プロフィール
プロフィール
主催:小巻亜矢
東京都生まれ

大学(法学部)卒業後、上場企業に就職。結婚、退社、出産を経験する。
その後、美容の世界への興味から、美容専門学校にて皮膚理論、エステティック、カウンセリング、アロマテラピーを学ぶ。若い女性を支援するネットワークを構築するなど、幅広い活動の中で、コーチングに興味を持ち、現在は子どもの夢を応援するハロードリームプロジェクトをはじめ、親子・子ども・女性対象のセミナーを中心に活動中。
米国CCC,Inc.認定GCDF-Japan キャリアカウンセラー ・米国CTI認定コアクティブコーチングコーチ

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2006年08月24日

Happy Communication

2006.8.24   〜 チョコアベセミナー、第3弾♪ 〜

★。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・★

  【チョコレートアベニューセミナー V】 のお知らせ♪

  『Happy Communication 〜話すチカラ・聴くチカラ〜』

★。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・★
 

『 人は人で輝く! 』
      (by カッパミナコ)


人との関わりなしに幸せってありませんよね・・。

ところが・・・

相手が何を言いたいのかわからない。
自分の言いたいことがうまく伝えられない。
話しが弾む相手もいるけれど、
相手によってびくびく、言いたいことがいえなかったり
タカピーになって、言わなくていいことまで言ってしまったり。
いつも、後で ああいえばよかった〜と凹んでしまう。

・・・そんな経験ってありませんか?

コミュニケーションにも、自分の『くせ』があるもの。
まずは自分の『クセ』や傾向に気づきましょう。

そして
 相手との心地よい距離感
 相手の反応に振り回されないための自分軸
 自分も相手も大切にできるコミュ二ケーションのコツ
 
・・・ワークを通して、一緒に考えてみましょう!


◆ 対象:女性 24名 ◆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

パートナー、上司、部下、友人・・・
関わる人ともう少し上手にコミュニケーションがとれたら・・・
聴き方・話し方、関わり方にちょっと不安を感じているあなたへ。

◆ 日時・場所・会費 ◆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  日時:9月30日(土)  14:00〜18:00
  費用:2000円(当日会場にてお支払いください)
  持ち物:筆記用具
  服装:カジュアルでお越しください
  場所:五反田ゆうぽうと 5F さわらび  
      JR・都営浅草線五反田駅 徒歩5分
      東急池上線 大崎広小路駅徒歩1分

http://www.u-port.fukushi.kampo.japanpost.jp/accs/accs.html
      


◆ ファシリテーター ◆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
★ 田村 恵(たむらめぐみ) ★ 小巻亜矢(こまきあや) ★


販売員教育をさせたら右に出るものはいない!と全国でひっぱりだこの
カリスマ講師めぐっちをお迎えして、楽しくも内容豊富なセミナーを
お届けします!

★ 田村 恵 (たむらめぐみ・めぐっち) ★

神戸市出身 
(株)ワールドの直営販社で販売、
店舗運営、マネジメントを経験。

95年より社内インストラクターとして人材教育担当。 
研修講師・コーチとして独立後、NLP・ コーチングを
活かした研修スタイルで年間2000名以上の受講生と関わる。
ヘルスカウンセリング・コーチ・トゥエンティワンCTP
CTIジャパン基礎・応用コース修了。 現在 CTI資格コース中
アナウンス勉強時代に行った結婚披露宴司会数は
約350組という異色の経歴を持つ


★ 小巻亜矢(こまきあや・サザエボン) ★

東京都出身
株式会社 フォーティウィンクス 取締役 
                                                
1983年 株式会社サンリオ入社。                                          1985年結婚、退職後 夫の転勤のため1986年年渡米。
1989年帰国                                                                                                
約10年の専業主婦の後、離婚を契機に復職。
美容の世界への興味から、美容専門学校にて皮膚理論、
エステティック、カウンセリング、アロマテラピーを学び、
化粧品のプロデュースを手がける。
他にも若い女性を支援するネットワークを構築するなど幅広く活動 
   
CTIジャパン基礎・応用コース修了。 現在 CTI資格コース中
米国CCC,Inc.認定 GCDF-Japan キャリアカウンセラー  

       
◆ お申し込み ◆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・お名前
・e-mail アドレス
・当日連絡可能な電話番号

以上の項目を
ページ右上 『お問い合わせ』までお送りください。

*定員になり次第締め切らせていただきます。


◆ 今後の予定 ◆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

このようなテーマを考えています!

・キレイになろう!       〜内面外面からのアプローチ〜
・VIVA 私 !         〜自分の一番の理解者になる〜


                    ♪ご参加お待ちしております♪

2006年08月18日

Heart Art

あわただしい日々だから、心の琴線が揺れる瞬間をたくさん持ちたい。
刺激と感動は,みずみずしさを失わないための大切なスパイスだから・・。
素敵な小説や映画、絵画や音楽。
ときめきをくれた作品を紹介していきたいと思います。


  映画【かもめ食堂】・・原作・群よう子・・監督・荻上直子 

かもめ食堂 プログラム.jpg

【ストーリー】

夏のある日、ヘルシンキの街角に「かもめ食堂」と言う小さな食堂がオープンしました。その店の主人は日本人の女性サチエ(小林聡美)でした。道行く人がふらりと入ってきて思い思いに自由な楽しい時間を過ごしてくれる、そんな風になればいい・・・そう想ったサチエは献立もシンプルで美味しいものをと考え、かもめ食堂のメインメニューはおにぎりになりました。ホントはおにぎりにはちょっとだけこだわりがあったのでした・・・・。

かもめ食堂 サチエさん.jpg

高い青空と、ゆったり歩く人々。そんなヘルシンキの街角にある小さいけれど、堂々としたたたずまいの店「かもめ食堂」。
優しいけれどきりっとした潔さを持った主人公サチエを取り巻く、普通だけどなんだかおかしい人々。そんな人々が織り成す
妙に懐かしく心地よい、かもめ食堂の物語・・・。

かもめ食堂 3人.jpg

新品のレースのハンカチ、というよりは
洗い立ての白い木綿のハンカチのような
清潔でさわやかで親しみのある映画だった。

台詞がいい。
短い言葉で、核心を突く。

いつまでもじんわり何かを語りかけてくる。


そして
行間の表現がすごい。

女優の女優たる所以。。。


「かもめ食堂」が好きだという人は
私の大好きな人ばかり。

気に入って何度も観た映画はいくつかある。

「かもめ食堂」はこれから幾度観ることになるだろう。

忘れた頃に
ふと、また出会いそうな気がする。

そして、何度観ても
見終わった後
おにぎりを食べたくなってご飯を炊くんだろうな。

しゃけ、おかか、そして梅干。

ぎゅっぎゅっと握って
のりを巻いて・・・。


お煎茶をきちんと入れて、いただきます!

かもめ食堂 おにぎり.jpg

2006年08月16日

Diamond Diary 40

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。


2006.8.16   〜 first kiss 〜

今日は父の命日。
13年目になる。

今日は会社をお休みしたので
毎朝向き合う「亡くなった家族との時間」も
いつもよりたっぷりとって、しばらく話をした。

お水とお酒をと好きな果物を供えた。
いつもはお水とお茶だけど
今日は特別に、お酒。
ワインをあけようか、ブランデーにしようか・・迷った挙句
父が良く飲んでいた焼酎(十四代・・云々)というのをお供えした。

父を思い出すとき
今は悲しみではなく、懐かしさがこみ上げる。
少し前までは、懺悔のキモチも強かった。

なぜなら、父は私を恨んで死んでいったから。
だから、私の誕生日に命を絶った。


厳しい父だった。
小さい頃から怖くて、いないとほっとする存在。
手も上げたし、だらしないことをすると本だろうか教科書だろうが
かまわずに捨てられてしまう。

けれど、子煩悩だったことは確かで
あの頃の父親には珍しく、よく喫茶店やレストランに連れて行ってくれたし
夏休み、冬休みは必ず旅行に連れて行ってくれた。
(もっともその頃は行きたくないと思いながらいやいや行っていたけど)

クラスの男の子を集めて毎週日曜日の朝 野球をやっていた。
今で言うリトルリーグのはしりだ。

前の日から大きなやかんに麦茶を用意して
誰よりも早起きして、グランドを行ったりきたり。
雨が降ると、シュンとして、子供みたいにがっかりしていた。

男の子が生まれたら、絶対野球をやらせる!といって
まだ見ぬ未来の孫の為に、いつもバットとグローブを磨いていた。

その道具は40年近くたってすっかり古臭いものだけど
次男がキャッチャーをするときに、今もちゃんと役にたっている。

父の祈りがこめられているので捨てるわけに行かなかった。
とっておいて良かった。


父の口癖は
「頑張れ頑張れ!」

その奥には「お前はやれば何でもできるんだよ」という励ましがあった。

でも、当時はそれがいやだった。
もう頑張れない!という反発がひそかに心の中で渦巻いていた。


父は男としてはやりたい放題・・・
飲みに行けば朝まで。
赤坂に住んでいたので六本木は庭のようなもの。
朝まで遊んで出勤・・・・今思うと異常なタフさだったのだ。
スキーもボートも、海にもぐるのも、釣りも、ゴルフも三昧。
風貌がまあまあだったせいか・・・それなりに母を泣かせ続けていた。


思い出は尽きないけれど
私が大人になってからは、微妙な関係になってしまった。
もともと夫婦の仲が崩壊していたのが、私の結婚を機に別居へ。
私は母のほうにつく、そして父は孤独になっていった。

それでも『音信不通』などにはならなかったし
待望の男の孫が生まれたわけで
遊びに連れて行ったり、遊びにきたり・・。

楽しいことも沢山あったはずなのに。

人の心は解らない。

人の寂しさはわからない。


あの年の夏、私から大切な人を二度奪った夏。

7月に息子が事故で亡くなった時
私は記憶があいまいになっているのだが
そばにいた友人があとで教えてくれた。

「亜矢のパパはずっと亜矢の背中をさすっていたのよ。
何もいわないでずっとずっと病院にいる間中ずっとずっと動かないで
亜矢のうしろにいて背中をさすっていたのよ。」


ありがとう、パパ。


けれど、葬儀やいろいろ終わって、
私も自分のことでいっぱいで
父の孤独に気がつかなかった。

母だけを気遣うように映ったのだろう。
父の体調も、糖尿を患っていたのが、芳しくなかったらしいのだ。

生きることに絶望して
私にメッセージをのこして
8月16日に
逝ってしまった。


あれから、その年の夏の出来事にふたをして
すっごく元気に生きてきた。

自分の生活も
すべてを変えて、子供と生きていくために
自分が元気でいられる道を選択してきた。

このままでは、私がまいっちゃう、と思うことは
潔く切り捨ててきた。


けれど、それは強がりであって、頑張り であって
幸せ ではなかった。


常に元気に頑張っている母親を演じている自分。

今は、出会った方々のおかげで、ふたしていた夏を開くことができたし
等身大のサザエボンな自分で、ありのままに生きている。

こんな幸せな時がくるなんて奇跡だと思うほど、とっても幸せ。


パパ、
今の私はどうですか?
パパが生きていたら、目を三角にして怒鳴りたくなるようなこと
いっぱいしちゃってるでしょ。
子供が学校から帰ってきた時に家にいてやれない母親は
許せないでしょ。
へへへ。
でも私は今そんなだめな母親になってます。
だけど子供たちは、優しいし、ちゃんと育ってる。
きっとパパが守ってくれているのでしょ。
それに、ママも守ってくれているんでしょ。
ママも、パパのことは嫌いじゃないみたいよ。
いつも、パパの好きだったものをお供えしてるでしょ。
生きてるうち素直になれればよかったのにね。
人間って、どうしようもないね。
パパ。ごめんね。
解ってあげられなかったこと、本当にごめんね。
パパがいなくなってから
私、何回もそっちに行きそうになったけど
そのたびに拒絶してくれてありがとね。

パパ、今日の写真の笑顔は優しいね。

パパに、会いたいな。

何と言ったって、私はパパの娘です。

ありがとう。

47年前のこの日
生まれたての私に初めてキスした人は
絶対、パパね!

2006年08月14日

Diamond Diary 39

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。


2006.8.14   〜想うこと 〜

8月14日
明日は終戦記念日

小泉首相の靖国参拝問題に端を発して、
戦犯、分祀、合祀、特攻、お国のため・・・
日ごろ聞きなれない言葉が行きかう。

平和が当たり前の日本でぬくぬくと生きていると
戦争の話は、真剣に聴いてはいても、本当に遠い国の物語。

そんな中で、胸に深く刺さるのは、
成人にもならずに命を落としていった若者たちの立派な遺書。

両親に向けて、姉に向けて、想う人に向けて
驚くほど達筆で綴られたそれらの手紙は
ただひそやかに、けれど、ずっしりと、戦争の悲惨さを訴えてやまない。

あるものには、
両親への感謝と、自分がいなくなった後の哀しみを憂い、
「自分は喜んで命を捧げるのだからどうか泣かないでほしい。」とある。
そして、
「九段に来ればいつでも会える。九段にてお会いしましょう。」
と締めくくられている。
 【靖国神社 資料 英霊の言乃葉】
  http://www.yasukuni.or.jp/index2.html

死んだらそこに行く。
そこに行けば会える。
九段はその方たちにとって特別な場所。


18歳といえば、今の息子の年齢である。
思い描くだけで、体が震える。

万歳と言って送り出した狂気。

もし戦争になったとしても・・・
私はどんな手を使っても絶対に我が子を行かせない。
息子を送り出すことは絶対にできない。


戦後61年たって今でも、肉親を失った悲しみや、
あの時何としても、行かせないことができなかったことへの悔いは
少しも軽減することなく、ご遺族の胸にくすぶり続けている。

インタビューを受けるお年寄りは
「本当にかわいそうなことをした。」と顔を覆い、押し殺すように泣いていた。

もちろん、当時の狂気な世の中で
自分の息子だけを行かせない選択などなかった。
それでも、ずっとずっとご自分を責め続けて生きていらしたのだろう。

死に行くもの、残されたもの
どちらも地獄。

その2つの人生に、微笑みはあったのだろうか。
腹の底から笑うということはあったのだろうか。
逃れられない悲しみを、それでも忘れた一瞬があっただろうか。


生きることを楽しむ・・・
私にとって、当たり前になっていたことが
今日は、限りなくありがたく思える。

この時代に生まれたこと。

今生きていること。

ここにいること。

あり難い。


本当にあり難い。


ここにいさせてくれるすべての奇跡に感謝。

2006年08月08日

恋愛Concierge 13

恋はたくさんのギフトを運んでくれる。
こんなに自分を磨いてくれるレッスンはありません。
せっかくのレッスンだから、いろんな角度からみつめてみましょう!


 〜会いたい気持ち〜 

私の周りは この頃 恋 が活発です(笑)
そこで『会いたい気持ち』についてちょっと書きたくなりました。


会いたい人はいますか?
会いたい人に会っていますか?
1週間に何回会いますか?

会いたい気持ち。


気がつくと、思い出している。
すでに大好き。

あぁ、会いたい、とせつなくなる。


忙しくても
疲れていても
ちょっとだけでも顔が見たい。

しなければならないことがあっても
会うための時間は
寝なくても、確保したい。

会いたい気持ち。

別れた途端に会いたくなる。


会いたい。
理由はいらない。

会いたい。
過去はいらない。

会いたい。
未来の約束はいらない。

会いたい。
条件はいらない。

会いたい。
その瞬間があるだけ。

ぁ、あの人に会いたい、と想う。
その瞬間
確かにあの人に恋をしている。


恋は花火のようなもの


ぱっと咲いて
瞬間輝く


継続も約束も束縛も保障も
何もいらないから輝く。


本当に好きかどうか、とか
誰よりも好きかどうか、とか
なんの意味があるのだろう。


あぁ、会いたい、と何かが叫ぶ。


会いたい気持ち

それで完結。



【線香花火】
線香花火.jpg
夕暮れ去った薄墨空に
星のご機嫌損ねぬうちに

静かにろうそくともしましょう

線香花火はあなたとわたし

祈りはひとつ
消えないように

落ちた火の粉が
ぱちぱちと

名残おしそうにまた燃える

ほんとに消えるその時に
そっと瞳をかさねましょう

ぽつんと消えたその後に
そっと唇、かさねましょう


Fortywinks