Diamond Diary 22
日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。
叔母とすっかり家族になって・・・今度は家の片付けに手をつける。
前回、訪問した時に比べ、すでにずいぶん荷物を整理してあった。
お仏壇は処理できないので、日本にもって帰ってほしい、という。
かわいらしい木製の仏様が飾ってある。
叔母が最初の渡米の時、日本から持っていったものだそうだ。
お札やお守り、など捨てるわけに行かないものを、日本に持ち帰って
お炊き上げ、してほしいというのだ。
やはり日本人らしい発想だな・・・
もちろんそれは引き受け、丁寧に梱包した。
昭和27年なんていう日付の手紙もでてきて興味深かった。
私が生まれる前に他界している叔母の父(私の祖父)から、娘へ当てた
心配している内容の手紙だった。
当時、アメリカ人と結婚し、アメリカへ行こうなどど言い出した娘は
古い時代の男親に、どれだけ心配をかけたことか・・・。
恐ろしく達筆なその手紙も、大切に包んで、持ち帰った。
母にとっては、懐かしい文字であろうし、宝物に違いないもの。
ひと苦労だったのが洋服の整理である。
人一倍おしゃれな叔母なので仕方ないが、膨大な洋服。帽子。
下着がまた・・・かわいいのには驚いた!
一年前までは、買い物にも出かけられていたので
値札がついたままのニットやなんと黒の皮ジャンまであった。
そして、50年前にあつらえたワンピース。
余程高かったとかで4着だけ、今まで捨てられなかったのだそうだ。
それが・・・頂いて帰国して、母の前で着てみたら・・・びっくり、
肩幅も袖丈も、まるで私に合わせたかのようにぴったり!なのだ。
デザインもかわいくて素材もかなりおしゃれ。
古きよきアメリカ・・・叔母の華やかな時代を髣髴とさせる。
こんな服を着て、9cmのヒールを履いて・・・キレイにメイクして・・・。
その頃の写真を見れば、叔母がどれだけ幸せだったかよくわかる。
自信にみちたオトナの女性がそこに堂々と座っているもの。
荷物や写真を整理しながら、とても複雑な気持ちだった。
あれももこれも、持って行くという叔母に、
「こんな洋服を着て出かけることはもうできないのよ」とは言えない。
1枚1枚、大切な思い出なのだろう。
実用的とは思えない洋服は衣装箱の下のほうへしまった。
表面にみえるところにはスポーツウェアのようなものを重ね、
「こういう風に入れたからね、ホームの人に頼んで出してもらってね。」
としっかり見せてから、ふたを閉めた。
何処に何をいれたか・・・意外なほど叔母は覚えている。
帰国前夜、次の日に着るものを用意しようと、何を着たいか尋ねたら
「あの奥に置いたほうの箱に入れたでしょ、あの紫の服よ。」
と当たり前のように、さらりと言う。
私など、我が家でも、どこに何をしまったか、記憶はかなり怪しいのに・・・。
こんな風に4日間の滞在はあっという間に過ぎていった。
もともと風邪気味だった私は行きの機内で悪化させ、さらに滞在中の
寝不足で途中から、はっきり気管支炎と自覚できるまでになっていた。
持参した抗生剤と風邪薬を服用していなかったら、おそらく高熱で
使えない助っ人だったと思う。
何とか片付けも、最後の夜のトイレツアーも終わり・・・別れの朝がきた。
9時には、空港まで送ってくださる方が迎えにみえる。
ランチと晩御飯用にお弁当をつくり、日本茶を冷ましてペットボトルに
入れておいた。
お手伝いの人にメモを書いて張っておく。
親切な隣人も尋ねてくれる。・・・その方たちにも、バーベキューの串とか
花瓶などを見せて、いるかどうか聞いてみて、と言う。
あげ好きなのと、自分でも整理しなければ、という責任感があるせいか。
何でもかんでも、あげるあげる、と言うのだ。
そんなこんなでバタバタしているうちに、9時になってしまった。
ぎりぎりまでやることがあったおかげで、神妙に見つめあう余裕がなくて
ほっとした。
置いていかねばならない。
ここに、こんな叔母を残して・・・。
本当につらかった。
もっと前に無理にでも日本に帰って住むように、説得すればよかった。
今となっては飛行機に乗せることなど到底不可能だ。
そんな想いから、何日目かの夜、叔母に食事をあげながら
「日本に帰ってきていればよかったのに・・・。」と言ってしまった。
言ってしまって、ああ、いけない、と思った。
「そうだね、」なんて泣かれても・・・もうどうしようもないのに・・・。
ところが、叔母はゆっくり首を振って
「だめなんだよ、私は日本が嫌いなんだから。」と言ったのだ。
こんなに寂しくても、つらくても、叔母は自分の選択を悔やんでいない。
そのことが、ある意味、私を打ちのめしたし、安心させてくれた。
叔母の人生はまさに、叔母のものだった。
幸せな老後。
孫や子供に囲まれて、穏やかに・・・絵に描いたような老後。
でも、それだけが幸せじゃないことを、叔母は教えてくれた。
ずっと一人で気ままに楽しみ、その分一人で背負った人生だ。
何もかも、自分の責任において決め、自分で解決してきた。
盗難や窃盗にあって心細かったこともあっただろう。
車社会で何度も事故にあって、ダメージは車だけではなかったはずだ。
潔く、生きてきた。
だから、あれこれ干渉しあう日本はいやだ、という。
助け合うけど、口は出さない、アメリカがいい、という。
アメリカの影も、十分に知っている叔母がそう言い切るのだから、
本当に、アメリカに行き、アメリカ人として生きて幸せだったと思う。
後悔しない人生・・・。
これは、いつでも自分で納得した選択を生きてこそ、築きあがるものだ。
今どこかが痛くても
身内がいなくても
それは痛みやさびしさなのであって、不幸なのではない。
強がりではなく、自然体で
「これでよかったの。」といえる叔母は天晴れだ。
長生きしてね。
また、会いに行くから。
そう、ロサンゼルスは、遠くないから。

叔母の愛したカリフォルニアの、青い青い空。
風を見た人は居ないけれど
みんな風を感じている。
空に手は届かないけれど
空はつながっている。


コメント一覧
心にしみるエッセイでした。
ありがとう。
素敵な叔母さま、素敵な姪さん、ですね。
お二人の写真が見たいな。
投稿者: kazu | 2006年02月17日 22:45
カリフォルニアの青い空の下で
颯爽と 生きてきた 叔母さま。
これからも 潔く 生きていかれるのでしょうね。
心の奥深くに、大切なものを抱えながら。
AYAさんも、さらりと 書かれているけれど、
心にも体にも 相当な圧がかかっていたと思います。
春を感じる今日、
AYAさんも
どこかで だら〜って できてるといいな。
投稿者: nawo | 2006年02月18日 11:56
不安を書き出してみたら・・・と亜矢さんに言っていただいて、毎日書くようにしています。
不安日記、つけているのです。
でも、書いているうちに、それがちっぽけに思えたり、自分がまるで子供に思えたり、時にはかわいく思えたりしてきました。
今、おなかにいる命と一緒に、自分が老いた時を思ってみました。
潔く、とはいかないけど、不安に負けるのはやめようと思います。
お会いしたこともないロサンゼルスの叔母さまや亜矢さんに、こんな勇気をいただいて、ありがとうございます。
空があまりにもきれいで、涙がでます。
投稿者: saera | 2006年02月18日 23:24
素敵な、オバとメイ。
それを読んでるロバ。
みんな、人生を生きてます。
この、「瞬間」「瞬間」、
寄せては返す波のように…。
波は、
別々に飛沫を上げるけど…。
海でつながってます。
投稿者: ロバ | 2006年02月19日 15:43
しっかり体調を立て直すために週末の予定をすべてやめて、休養しました!おかげさまでほとんど全快し、PCを立ち上げたところ・・・皆様からのありがたいコメントが!
本当にいつもありがとうございます。励まされます。
kazuさん
ありがとうございます。写真はきっとそのうちに・・叔母のワンピースを着て写真撮りますね!
nawoさん
ありがとう。だら〜っとしました! 叔母の恋の話は今回は聞けませんでした。また思い出したらお話しますね。
saeraさん
ありがとう。そうでしたか・・不安日記・・。心にためないこともいいと思うし、書くという作業は自分を客観的に見れるきっかけになるから・・・。私も散々書くことで救われてきました!
おなかのBABYと共に、未来を思うって素敵ですね。本当にお大事になさってください。もう少し、ですね! 今を楽しんで♪
ロバさん
ありがとう。
みんなそれぞれの人生を、どこかでしっかりつながって、
生きているんですね。
人って、なかなか、いいですね。
投稿者: AYA | 2006年02月19日 20:57
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投稿者: SEO・トゥ`・ | 2007年08月21日 17:48
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投稿者: SEO・トゥ`・ | 2007年08月21日 17:56
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投稿者: SEM | 2007年09月07日 15:38
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投稿者: ・ロ・ケ・ネ・ッ・鬣ヨ | 2008年07月01日 05:14
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投稿者: ケHスYサ | 2008年07月05日 18:59
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投稿者: ーセ・ | 2008年07月25日 01:32