Chocolate Avenue
プロフィール
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主催:小巻亜矢
東京都生まれ

大学(法学部)卒業後、上場企業に就職。結婚、退社、出産を経験する。
その後、美容の世界への興味から、美容専門学校にて皮膚理論、エステティック、カウンセリング、アロマテラピーを学ぶ。若い女性を支援するネットワークを構築するなど、幅広い活動の中で、コーチングに興味を持ち、現在は子どもの夢を応援するハロードリームプロジェクトをはじめ、親子・子ども・女性対象のセミナーを中心に活動中。
米国CCC,Inc.認定GCDF-Japan キャリアカウンセラー ・米国CTI認定コアクティブコーチングコーチ

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Diamond Diary 21

日々の出来事をありのままにつれづれなるままに、つづっていきます。

2006.2.15     〜 ロサンゼルス報告 ・ T 〜

11:35発  ANA  006便
ほぼ予定通りに離陸した飛行機の窓から
小さくなっていくロサンゼルスの町を見下ろしながら
子供のように、大声を上げて泣いてしまった。

別れ際の叔母の心細げな顔・・・
置いてけぼりを察知した子犬のような瞳が、頭から離れない。

隣が空席でよかった。

2月7日、ロサンゼルス到着後おばの家に直行。
ドアは開いているのにリビングには誰の気配もない。
まっすぐ、ベッドルームに行くと、本当に小さくなってしまった叔母が
寝たまま、友人に食事を食べさせてもらっていた。

私が行くのを当てにして、ここ2日ほど誰にも介護を頼まずに居たらしく
夜中に自分でトイレにいこうとして、転んだとかで手には痛々しい包帯。
それ以降トイレに行くのが怖いため、二日間水も飲まずにいたのだと言う。

脚が衰え、手を怪我した叔母は気持ちはあっても一人で生活することは
不可能な状況である。それでも、幸い頭がぼけていないため、支払いや、
アパートの処理など、大切なことはちゃんと理解できるし、指示もする。
私が居る間にすべきことも、自分なりに計画を立てて待っていた。

1:行き先となる老人ホームの確認
2:死んだ場合の相続のこと
3:埋葬と墓地のこと
4:遺言状のこと
5:荷物の整理

ひとしきり話をきいてから、訪ねてくれていたお友達が居てくださる間に
その週末には入るつもりで居る【JUST LIKE HOME】という老人ホームを
見に行くことにした。

おばの家から車で10分もかからない住宅街の中にある普通の民家。
大丈夫なの?と不安がよぎるが、中に入ってみると・・・

明るいリビングでは数人のお年寄りがテレビをみたり、ダイニングで
食事を食べさせてもらっている。

看護士の夫婦で営んでいるプライベートな介護施設だった。
叔母の話が本当なら、もうデポジット(手付金)もしたそうで
確かに、「ここがCHIYOKOの部屋だよ」と部屋を見せてくれた。
紫のベッドカバーとカーテンが印象的で、日の入る明るい部屋だった。

24時間の介護であることや、荷物のことなど2,3確認した。

本当のところここで正解かどうかわからないし、月2700ドルという値段が
妥当かどうかもわからない。
が、やっと叔母が入る気になってくれたわけで、私の滞在期間中に他を
探すことは難しいのであるから、『とりあえず』OKするしかないと思った。


叔母の家に戻ってから、
「よさそうなところじゃないの」と叔母に伝えた。

それから、帰国まで、「介護」と「家を引き払う始末」という
壮絶ともいえる時間が始まった。

*介護について*

壮絶の中身は、あまり書くのにふさわしくないかもしれない。
介護というものがどんなものか、体験なくしては理解できないことが
よくわかった。

期間限定だったし、できるだけ優しく、と心がけていったから
できたようなものの、これがずっと続くとしたら、多分5日でギブアップ。

肉体的にも精神的にも・・である。

する側の苦労
される側の苦悩。

「こんなに迷惑かけて、申し訳ない
身体も痛くて・・なんにもいいことない。もう死にたいよ・・・」
と言われてつらかった。


あんなに小さくなった叔母なのに、抱きかかえることはできなかった。
寝返りや、ちょっと腰の位置を直すのにも、息が切れるほどである。
無理をして叔母の身体をいためたらいけないし、私がぎっくり腰になっても
その後使い物にならない・・。

頭がしっかりしているだけに、自分の思うように身体が動かないことは
相当なストレスのようである。

まして、トイレは問題だった。

起き上がってからトイレにたどり着くまで、ともすれば10分くらいかかる。
私に悪いと思うらしく、自分でなんとか・・・と動き始めるのだが
どうにもならない。

夜は覚悟してプライドも捨ててdiaper(紙おむつ)をはいた。
でも・・・結局一度もそこにすることはできず、苦労してトイレまで行き
時間をかけてベッドに戻った。


昼間は3,4時間に一度 「トイレに行く?」と尋ねると 
「いいよ、まだ。でも、行ってみようか。」という具合。
夜のほうが頻繁になる。
行きたくなったらどうしよう、と思うせいでかえって眠れず、
行きたいような気持ちになっておろおろしているようだった。

そういうわけで、新生児の授乳のごとく、2時間に一度くらいの割合で
トイレツアーに出かけるのだった。

食欲は旺盛だった。
久しぶりの日本食が嬉しかったのだと思う。
離乳食のように細かくしてあげれば、何でも食べられる。

ゆっくりゆっくり口に運んであげると、いくらでも入ってしまう。
途中でトイレに行ったときも、もう一度食卓に戻って、再開したほどだ。
そして、食べ終わった後は背中をさする。

介護する側は座ってゆっくり食事を取ることは、ほとんどできない。
(4日間の滞在中、私がすわってご飯を食べたのは1度だけだった)

お風呂はもちろんそういったサービスが回ってこなければ無理である。
1週間に2度、シャワーのサービスがくる。
湯船につかれたりはしないのだが、手際よくシャワーに運んでくれて
そこそこに洗ってくれるようだ。

こういった老人福祉の実態がアメリカ(カリフォルニア)でどうなのか
詳しくはわからなかったが、週3回協会からヘルパーが来てくれたり
看護婦さんが尋ねてくれたり、結構まめにケアしてくれている。

ぎりぎりまで、一人暮らしが快適だったこともうなずける。
自分で歩けさえすれば、老人ホームに入らなくても、なんとか生活
できそうな環境なのだ。

日本はどうなっているのだろう、と思った。
母は一人暮らしだが、まだ元気で、介護もヘルパーも必要としない。

祖父母と一緒に暮らしたことが無い私には、日本の老人福祉に今まで
真剣に目を向けたことが無かった。

社会制度としての老人対策も今後の仕事の課題になりそうだ。
そして、叔母のように一人で生きる女性の老後について。

結婚しない女性、少子化。
時代は切実に深刻な老後を生み出している。

たいていの心配事は、起きてから考えれば良いと思うのだが・・
『老後』だけは・・・必ずなる・・・ので「なってから」では遅いのだ。

精神的にはいつまでも青春、でも
目が衰え、耳が衰え、脚が衰え、骨が衰え、臓器が衰える。

考えると暗い気持ちにならないでもないが・・・・。

だからこそ。
だからこそ、今をどう生きるか。何ができるかを一緒に考えたいと思う。

ハード面の課題
ソフト面の課題。

老人に対するコミュニケーションも、考えるべき問題ではあるが
老人自身・・つまりは自分が老いていったときに
どれだけ柔軟なコミュニケーション力をもっていられるかも大切だと思う。

おととしの夏。
コーチングの研修一日目、第一回目の問いかけ
「あなたが人生で実現したいことは何ですか?」
・・・私は、図らずも「幸せな老後」と答えていたことを思い出した。

幸せな老後ってなんだろう?


帰国した今でも、まだ答えが見つからない。

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コメント一覧

必ず来る未来なのに
見たくない現実でもあります。

逃げずに考えるチャンスをくれてありがとう。

家族や友人などの人間関係は、その時どうなっているかわからないから
一人で居ることを前提に考えようと思う。
金銭的なことだけはある程度よめるから、計画を立てようと思う。
だけど、自分の健康の保障はないよな。やっぱり、どうなっても国の保障制度を整えてもらわないと安心できないってことか。
どうすればいいんだか。
年金はあてにならないらしいし。
今の楽しさにおぼれたくなる。
でも年はとっていく。
やだね〜。

chiffonさん
そうですね、みんな意識をすれば、何かが変わっていくような気がします。完璧な安心は無いかもしれませんが、他人事でない問題なので真剣に考えていきたいです。

noriさん
「年はとりたくない」と叔母も何度も言っていました。
でも、時間は平等に刻まれていきますよね・・・。
だからこそ、今を楽しむ、できることをする、のはとても大切なことだと思います。
そして、一人で考えると暗く怖くなるので・・・一緒に考えたいと思います。

幸せな老後ってなんでしょうね。
まだまだって思うけど、もうすぐかもしれないしね。健康に衰えていくのは仕方ないけど、迷惑をかけるようなことにはなりたくないけど。
こればっかりは、どうなるかわからないものね。
安心できる施設が充実していることが、一番かなと思います。
大切なのはお金ですか・・・。
みなさんはどう思いますか?

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